第4話弟子になった俺だが

 「師匠、これは一体?」


「ん?魔法の実験だよ」




 さも当然とばかりに、のんびりした口調のメディアレナに、壁際に立たされた状態で俺は魔法で動きを封じられてしまった。




「待て、待って、なぜ動かないようにする必要が」


「だって驚いたり怖がって抵抗されたら、実験結果に支障が出るでしょう?」


「こ、怖がる?これ凄い恥ずかしいんですけど」




 両手を重ねるようにして頭の上で纏められて、足は揃えて立たされている。首から上は動くので、仄かに楽しげな彼女から目を逸らしたが、何だよこの羞恥プレイは。




 弟子二日目の朝のこと。


 優秀な弟子を装う俺は早起きをした。朝食に卵焼き、ホウレン草とベーコン炒めと平焼きパンを焼く。前日に彼女が魔法石に魔法を込めていたようで水も火も簡単に扱えた。




 それに加えて昨夜は、たっぷりの湯を張った浴槽に浸かって小窓から外の景色を眺めたり、風と火魔法で夜でも暖かに調節された屋根裏にあるベッドから、天窓の星空を見ながら眠るという贅沢な経験をした…………トイレは水洗トイレという快適なものだった。




 一般の家ではこうはいかない。水道の普及は都市部ぐらいで、水は井戸を掘ったり魔法石を買って使用する。風呂なんてまず無い。台所は石炭や木材で着火させた釜を使うのが主流だし、暖炉で暖を取ることが無い家も多い。




 こんなに快適な生活は、人間生を送って初めてだ。俺はここに骨を埋める覚悟は既についた。




 ただ一つ不満なのは、俺にベッドをくれたメディアレナがソファーで眠ることだ。優しさが切ないぞ、俺はベッドの片側をいつでも空けておいてやるのに。




 朝風呂に入っていたメディアレナが、ラベンダーの香りと共にリビングに戻って来た。風呂場にあったハーブ石鹸を使用したのか。




「おはよう、私のお弟子さん」


「は、おはようございます、師匠」




『私の』という部分に、朝一でドキドキと胸を高鳴らせて挨拶すると、一旦ソファーに座った彼女の後ろに立って髪を櫛梳けずる。




「リトは器用なのね」


「縄を結うのと変わらないですからね」


「……縄」




 料理以外不器用で、魔法関係以外はズボラな彼女。完璧な魔女じゃなくて有難い。俺は自分が役に立てて嬉しい。その内俺がいないとダメだと言わせてやろう。


 その時は『私の愛する人』と呼んでもらうぞ。




 ハーフアップにした髪を結び、内側に巻きいれて、下の髪も結んで内側に巻きいれる。耳辺りの残しておいた髪をわざと遊ばせておく。髪飾りの一つぐらい飾りたいが、何も無いらしい。




 前を向いたまま気持ちよさげに目を細める彼女を、さりげなく確認する。仕上げに髪を一房手にして手直しする振りをして唇を押し当てた。


 油断すると溢れそうになるものを抑えるのは難しい。


 だが、これが今の精一杯か。




「リト、今日は実験に付き合ってもらうわよ」


「脅しではなく、本当だったんですね」




 朝食を残さず食べ終えたメディアレナが、俺が食器を片付け終えたのを見計らい告げた。




 春らしい薄グリーンのワンピースに紫のカーディガンが、よく似合っている。鎖骨まで見える衿元の大きく開いたデザインが、彼女の艶やかさを強調する。




 なぜかしっかりと手を掴まれて、魔法で隠されていた地下室へと連れて行かれながら、俺はじっくりと彼女を観賞していた。




 こんな美人なら惚れる男も多いだろうに、良かった独身で。魔法馬鹿で酒呑みでズボラで不器用な女で助かった。ありがとう、サディーン様………




「はい、ここに立っていてね」


「………師匠?」




 小さな地下室には、小さな机と椅子と棚。魔法研究の本と資料と硝子瓶に謎の液体が入った物が棚に並び、謎の器具が散乱している。




 その一画の壁に立たされた俺は、手際よくメディアレナに動きを封じられた。


 痛いことや酷いことはしないはずだと思っていたから気を緩めていたが、動けないことに急に不安を覚えた。




「大丈夫よ、ちょっと辛いだけだからね」


「え?」




 机に置かれた眼鏡を付けたメディアレナが、何か検査項目の書かれた書類とペンを片手に笑いかける。


 彼女の眼鏡(絶対に雰囲気出すためだけだろ!)の奥で好奇心がキラキラと輝いている。




「師匠」




 キラキラに嗜虐心が混じっている気がするのは違うよな?




 彼女が「はいはーい、ごめんねえ。失礼するわ」と俺の上着のボタンを器用に片手で外しに掛かった。




「し、メディアレナさま?」




 左右に開かれた上半身の服は下に白いシャツを着用しているので肌は見えていない。彼女の指はそれ以上は暴く気はないらしく離れていった。




 ちょ、半端!




 物足りなさを感じて恨みがましく彼女を睨んでいたら、机の引き出しから何かを取り出した彼女が再び近付く。




「我慢してね。ああ、声は出していいから」


「なっ、メディアレナさん何を!」




 ふわふわの羽の付いた綿棒のような物を手に、魔女が嬉しそうに微笑んだ。

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