第3話転生した俺だが3

 精霊に愛された魔女が使える魔法は、その精霊の属性によって決まる。一般の魔女は水精霊なら水魔法というように一つの属性の魔法が使えるだけだ。




 だが先程の、彼女曰く「侵入者用トラップ」で俺が動けなくなったのは空間や時間に関与した魔法で、自然界の精霊とは直接関わりの無いものだ。




 空間や時間を属性として操るのは、只の精霊ではない。俺の元上司である悪魔の王サディーン様の力だ。




 実は、サディーン様が闇をも司る精霊王でもあることを知る人間は今は殆どいない。闇とは自然界に生じる闇以外に人間の様々な欲望や負の感情をも司る為、古代の人間達に忌まれて『悪魔』と称されるようになったのだ。




 だが彼の方は冷酷非情な反面、義理を尊び懐の広い方だ。前世の俺にしたら、人間の方が悪魔だったものだ。




 テーブルの瓶を片付けながら、台所にいるメディアレナの行動を注視する。




 コンロに埋め込まれているのは、魔法を込めることのできる石だろう。彼女が鼻歌を歌いながら、その赤い石に触れた。


 するとコンロの吹き出し口からボッと赤い火が立ち上がり、彼女がフライパンを乗っける。




 やはりだ。魔法石は一度きりしか使えない消耗品。埋め込んで何度も使用しているのは、彼女自身が触れた時に魔法を込めているからだ。


 表向き水魔法の魔女として通っているが、恐らく彼女は全ての属性の魔法が使える。精霊達は、精霊王たるサディーン様の下に位置する存在ゆえに、メディアレナは空間や時間魔法が使える時点で他の魔法も使えるのだろう。




「…………師匠、魔法はいつから使えたんですか?」


「うん?多分母親のお腹にいた時からよ」




 フライパンで刻んだ野菜と肉を炒めながら、さらりと言ったが、俺に隠す気はないのか。




 全属性を使えるということは、人間の体には耐えられないことだ。膨大な魔力に一瞬で体は蒸発してしまうだろう。


 メディアレナは、サディーン様によって胎児の頃には人間の肉体を魔力に耐えれるように作り替えられたと考えられる。




 生まれる前から魔女として運命づけられていたのか。




 瓶を抱えて台所の流しに運ぶと、振り返った彼女が蛇口の魔法石に触れた。蛇口から豊富に水が流れて、俺は瓶を無言で洗った。




 何故サディーン様は彼女を魔女にしたんだ?胎児の頃なら、彼女の意思などなかっただろうに。


 俺が前世で命と引き換えにサディーン様に望んだのは3つだ。




 記憶を持ったまま人に生まれ変わること。


 そして次の生で、必ず彼女だと気づく力。


 それまで彼女の魂を見守っていてもらいたいと………




「……………瓶は、どこに捨てますか?」


「ベランダに出しておいて。乾いたらリサイクルに出しとくから」


「はい」




 リビングの大窓を開けたらベランダに続いていて、そこに元々瓶が入っていただろう木のケースが置いてあったので、一つずつの枠の中に水気が取れるように逆さまに並べて入れた。




 再びリビングに入ると、彼女が立ちはだかるようにして待っていた。




「エリオット君、何て呼んだらいいかしら………エリイ?リト?エリアス?エシャロット?エッリー」


「ではリトで」




 俺がサイドで編んでやった髪が、彼女の肩を行き来するのに満足しながら答えたら、メディアレナは笑みを消した。




「リトは私の魔法に驚かないのね。それに話を聞いても疑わないし、全く恐れない」




 飲酒の形跡はあるのに、彼女は酒に酔っているようには見えない。水色の瞳の俺よりも深い水底の青が、見透かすように俺を見つめる。




「なぜ?」


「………あなたの噂を聞いた時から、人ではないのだとは感じていました」


「根拠は?」


「今は言えません。ですがいずれ打ち明けると約束します」




 前世の記憶を持たない彼女に、いきなり告白はできない。


 そもそも俺が、メディアレナが探し求めた女だろうと予想が付いたのは、生まれ変わった彼女が必ずサディーン様の加護を受けているのを知っていたからだ。




 よもやまさか彼女自身が真の魔女になっているとは思わなかったが。




「見たところ私に危害を加える気はないようだし、嘘は付いていないようね。もしリトが私の言葉や魔法に怯えたりするようだったら直ぐに記憶を操って送り返すつもりだったのだけれど……弟子として受け入れちゃったから教えるけれど、君のように弟子や魔女仲間だと騙かたって訪れて来る者は結構いるの。大体は私の魔法の研究成果を盗む為だったり金品を狙っていたり、中には、どこから聞いたのか悪魔の手先だからと私を殺す為だったりね」




「師……メディアレナ様」


「だから人間は信用しないのよ」




 俺はメディアレナの片手を両手で包むと、伏し拝むように、その手首に唇を付けた。




「あなたが好きですよ……あなたの弟子になりたいぐらい。それだけでは僕を信じられませんか?」




 ほんの少しだけ俺よりも背の高い彼女を見上げると、困ったようにこちらを見ていた。




 彼女には、夢見がちな子どもが魔女に憧れている程度に映るだろう。俺の言う『好き』が、どれほどの重さがあるかは今は知らなくてもいい。いずれ嫌になるほど思い知らせるが。




「もう弟子にしたじゃないの………信じられるかは、これから見極めるわ」




 照れ臭いのか、頬をほんのり朱に染めた彼女は逃げるように台所に向かい冷蔵庫を探り出した。




「……………………」




 本の山を片付けながら、その頼り無げな背中を見つめる。




 もうホント可愛いな!クッソ、ギュッとしてえ!




 とりあえず本を隅にまとめて、ムズムズと落ち着かない気持ちで散らばる彼女の服を拾い上げた。このハーブの良い香りは何だろう。


 両手で服を大事に抱き締めて、深呼吸を繰り返した。




 なんとか片付いたリビングで、俺はメディアレナと夕食を共にした。野菜炒めと固めのパンと豆のスープ、メインは若鳥のハーブ焼き。意外にも美味しくて、ついお代わりをしてしまった。




「たまには誰かと食事をするのもいいものね」




 そう呟いて彼女が嬉しそうに笑うものだから、俺は今の自分が人間であることを思い知る。




 唯、お前と過ごせる時間が幸せだ。


 胸の奥の温かくなる感覚は、人間になる前にお前が与えてくれたもの。


 もう二度と失いたくない。この時間も温かさも、お前という存在がもたらす全てとお前自身を守りたい。


 その為なら何度だって命を捧げられる。




 魔女であろうが、年上だろうが、俺を忘れていようが、今度こそは絶対に離してやらない。




 俺の『アリシア』


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