【KAC3】僕限定生配信!【短編】

幸野つみ

【KAC3】僕限定生配信!【短編】

『来月10月のライブ、見に来てね!』

 女性は満面の笑顔でこちらに一生懸命手を振っている。薄い桃色のワンピースから伸びた色白の両腕が眩しい。

「ナナミ、自宅晒して大丈夫なのか?」

『とある発表もあるのでお楽しみに!』

 彼女は一方的に話を続ける。

 彼女がいるのはマンションの一室。小洒落たインテリアが並びよく整理されている。

「昔は机の中だってぐちゃぐちゃだったのに……」

『もうこんな時間!』

 一方、僕がいるのは古い下宿の小さな部屋。脱ぎ捨てた衣服や参考書が散らかっている。

『……ねー、あっという間だね』

 彼女の視線が宙を泳ぎ、聞こえない声と会話をする。

 僕は不慣れなアプリの操作に戸惑いながらも[おつかれさまでした!]と入力し送信ボタンを押す。画面の端にそのメッセージが表示されるが、次々に現れる別のメッセージに押し流されていく。

『楽しんでもらえたでしょうか?』

 ライブ配信だ、これは。彼女は確かに今この時間に喋っている。

『またライブ配信しますね!』

 そして、アイドルだ、彼女は。駆け出しだが、いつも全力で見た目も言動も可愛らしいアイドルだ。

『今後もナナミの応援お願いします!』

 しかし、僕にとって彼女はアイドルではない。幼馴染なんだ、僕にとって彼女は。

『ありがとうございました!』

 そして、僕は彼女に恋をしていた。彼女がアイドルになる、ずっと前から。

「あいつ、頑張ってるなぁ……」

 椅子の背もたれに勢いよく体を預けると、キャスターがついているためあとずさる。床に積んであったプリントの山にぶつかり崩してしまう。

「ライブか……東京なんて行ってる場合じゃないよな……」


 彼女と最後に会った時のことを思い出す。地元旭川では、3月はまだ雪深い。彼女は既にオーディションに合格し上京が決まっていた。僕は東京の大学に受かったら卒業式の日に告白しようと決めていた。しかし、センター試験の時点で合格は絶望的。それでも最後に何か伝えたくて彼女に声を掛けた。しかし言葉を選んでいるうちに、彼女にこう言われた。

「早く一人前にならなきゃね」

 既に話題の人となっていた彼女はすぐに人波に流されていった。

 大学に落ちた自分を責められた気がした。彼女は「アイドル」という仕事に就いた一人前の大人に見えた。

 それから僕は浪人生として札幌で下宿生活を始めた。

 勉強にいまいち身の入らない僕は、自分だとはバレないユーザー名を使ってひそかにSNSや先程のようなライブ配信を見て彼女の活躍を見守っていた。

 しかし、彼女を遠い存在に感じるばかりだった。


「さて勉強勉強……ん?」

 身を起こしてみると、スマホの画面には彼女の部屋がまだ映っていて、そして彼女が動き続けていた。

「……あれ? 終わったんだよな?」

 彼女は特にこちらを向くこともなく、何かを話す訳でもない。ソファにだらりと腰掛けている。

「おいおいおい……!」

 彼女は全身の力を抜いているためだらしなく足が開いてきた。服装は先程のままワンピースであり、太腿があらわになってくる。

 どうやら彼女がライブ配信に使用していたカメラやマイク、パソコンなどの機材が動き続け、映像がそのまま垂れ流しとなっており、しかも彼女自信はそれに気が付いていないらしい。

 僕は慌ててメッセージを書き込む。

[まだ映像流れてます]

『んー?』

 彼女は顔を起こし、こちらに近付いてくる。メッセージに気付いたようだ。

『え? これまだ映ってるの?』

 画面を覗き込む彼女の顔がカメラに近付き、こちらの画面に大きく映し出されどきりとした。

『んーよくわかんない……』

 ぼそぼそとした喋り方は先程とは違い、昔の彼女を感じた気がした。そういえば僕以上に機械オンチだったことを思い出した。

『えーみんな見てるのかなぁ……』

 彼女の言葉を聞いて気付く。画面の上に視線を走らせると、[視聴者数]という項目を見付ける。そこには[1]と書かれていた。つまり、見ているのは僕一人ということか。他の人はライブ配信が終わったと思って見るのをやめたのか、それとも何故かわからないがシステムの不都合で僕のスマホにだけ映像が届いているのか。

『……あのー、すみません、とりあえずそちらで画面を閉じてもらえませんか?』

[わかりました]

 ひとまず他の人は見ていないようなので問題ないだろう。

 彼女は安心したのか息をついて部屋の奥へと戻っていった。

 試しにスマホの電源を落としてみようと思いシャットダウンを選択する。額の汗を拭ってペットボトルのお茶を一口飲む。しかし、画面にエラーを告げるメッセージが表示されていたことに気付く。

[起動中のアプリがあるためシャットダウンができません]

 ライブ配信を見ていたアプリを閉じなければいけないのか。

『あっつーい……汗かいたー』

 操作に手間取っていると、彼女の素の声がスピーカーから聞こえてきた。

「え! バカ……!」

 僕は絶句した。

 なんと、画面の中に立つ彼女はワンピースの裾を両手で掴み、今まさにそれを脱いでしまおうしていた。

 もうこちらが画面を閉じたと思ったのか? まだ見られているかもしれないとは思わないのか?

 見てはいけない、と思いつつも徐々に晒されていく素肌に吸い寄せられる様に釘付けになる。僕は目を伏せることも画面を消すこともできないまま――

 急に画面が白く光る。「惜しい!」とバカなことを思ったのも束の間、続いて地響きのような音が鳴り響く。

『きゃあああああ!』

 彼女の叫び声が聞こえたかと思うと、今度は画面が真っ黒になってしまった。

 ついにライブ配信が終わってしまったのか?

 そう思ってスマホに顔を寄せると次第に彼女のすすり泣きが聞こえてきた。よく見ると画面には暗くなった彼女の部屋がまだぼんやりと映っていた。

 天気予報で関東は大荒れだと言っていたことを思い出す。雷により東京の彼女の家は停電したのだと、ようやく理解した。しかしライブ配信はまだ続いている。パソコンや機材、モバイルワイファイはバッテリーによって動いているのかもしれない。

『明かり……』

 彼女がそう言いながら暗闇の中をこちらに近付いてくる気配を感じた。パソコンの画面だけが明るいのだろう。

 彼女の泣き顔がうっすらと照らし出された。

[大丈夫。落ち着いて。]

 彼女を安心させたい一心で僕はメッセージを送っていた。

『え? あ、よかった、よかった、一人じゃ、怖くて、私、雷苦手で……あの、すみません! 私、心細いので……通話モードにしていいですか?』

 通話? 何のことだろう。

 そう思っているうちに彼女は手早くパソコンの操作を進めた。

 すると画面の一角に、僕の顔が表示された。

『……え?』

 彼女のこちらが食い入るようにこちらに近付き、驚いた表情がパソコンの光によって浮かび上がった。

『ケイくん……?』

「あ……」

 どうやらビデオ通話が始まり僕の顔が映し出されたらしい。このライブ配信システムにこんな機能も付いていたとは知らなかった。

 そして相手が僕だったということが今彼女にバレてしまったということか。

『……ケイくん……よかった、よかった……なまらこわかったよ……!』

 幻滅されるかと思いきや、彼女はよほど動揺しているのか再び泣き始めた。

「……ナナミ、昔から雷苦手だったもんな」

『……うん……いっつもケイくんにそばにいてもらってた』

「……でも、いくら怖いからって、知らない人と急に通話するなよ」

『だって……』

「……それと、油断して足広げたり着替えたりするなよ」

『足……着替え……?』

「あ……」

『見たの!?』

「いやーぎりぎり見えなかった」

『何それ!? ……でも、ま、ケイくんになら見られてもいっか』

「え?」

『……いや!変な意味じゃなくて!他の人に見られてアイドル像を壊すよりはマシかなって……』

 彼女は慌てて取り繕う。その声を聞いて少し僕はほっとした。

「……なんだか根っこの部分は昔のナナミのままなんだな」

『……そうだよ、私、全然成長してない』

「いや! そういう意味じゃないよ! おれなんか浪人してるのに勉強も進まなくて……でもナナミはアイドルとしてどんどん先に進んでいって……すごいと思うよ」

『……でも、またこうしてケイくんに頼っちゃった。早く一人前にならなきゃね』

「早く一人前にならなきゃねって、それ、卒業式の時に……」

『うん……卒業したらケイくんと離れ離れになって心細いけど、いつまでも甘えてられないからね』

「……そっか」

 あの言葉は、一人前になりたい彼女のことだったのか。

『いつか、私が一人前のアイドルになったら、その時はケイくんにライブを見に来て欲しいな』

 彼女は涙を拭いながら笑顔を見せる。不意に、卒業式の日に伝えられなかった思いが溢れ出してきた。彼女を抱き締めたいと思ったが触れることもできないのがもどかしかった。

「……ナナミ。おれさ、今はまだまだ勉強不足で半人前だけど……また東京の大学受けるんだ。もし来年の春、東京に行くことになったらその時は……!」

 僕と付き合ってください、と思いを伝えようとした、その瞬間、画面が明るくなった。

「……あ」

 彼女はきょろきょろと部屋を見渡し停電が復旧したことを理解し胸を撫で下ろした後、はっとして、照明がついたことで自分の下着姿が丸見えになっていることに気が付いた。

『……きゃああああああ!』

 彼女の高速の平手打ちが画面一杯に映し出されたかと思うと、映像が乱れそのままビデオ通話は終了となった。

「あいつ……機材殴って破壊したのかよ……」

 昔と変わらない破天荒な彼女の行動に、思わず笑みがこぼれた。

「……早く一人前にならなきゃな」





卒業式から1年が経ち、再び3月。僕の元に二つの封筒が届いた。一つは大学の入学に関する書類。そしてもう一つは人気急上昇中のアイドルの、次のライブのチケットだった。

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