第83話 摺り合わせ

 イフレニィ一行は、鉱山から南東へ向かう街道を進んでいる。地図を確認してみると、驚異の速度で移動していた。当然、彼らにしてはという注釈付きで。

 普通はどのくらいで移動するのかと想像しようとしたイフレニィは、空しくなりそうでやめた。

 鉱山付近から離れると、ぽつぽつと鬱蒼とした木々の景色が戻りつつある。夜明け前から移動を始めるため、その一角で早めに休むことにする。生い茂る木々の合間から、時折、突発的に葉擦れの音が鳴る。小動物だろう。生き物の気配が多い。野営しながら、火のそばで地べたに座り、三人で向かい合う。

「情報を、擦り合わせたい」

 イフレニィが切り出すと、二人も頷いた。

「聞いておいたほうが、対処もしやすい」

「いい頃合かもね」

 食後の白湯を啜る二人に、今はイフレニィも付き合っている。温かい湯で喉を湿らせて口を開いた。

「俺について、話を聞いてるだろ」

 セラが、わずかに緊張した面持ちで話す。

「それぞれ事情はあるさ。無理に話す必要はない」

 特に興味もないようだが、気を使ってというのもあるらしい。

「この女が、何をどう話したか心配になったんだよ」

「失礼ね」

 お前ほどじゃないと心で返しつつ、今までバルジーに伝えた事だけを、改めて話すことにした。イフレニィ自身、考えをまとめる良い機会に思えた。

 だがバルジーの声が遮る。

「あの人達の言ってたことは」

 イフレニィら三人に共通して思い浮かべる人物など、髭面と女騎士しかいない。やはり、食堂での話は無視できないものだったのだろう。こうしてイフレニィから持ち出した以上は、それらも話す気があると思ってか待ちきれなかったらしい。

 バルジーは、特にイフレニィの嫌がることを抉ってくる。気のせいかもしれないが、言動を考えるとあながち外れてもいまい。言い逃れさせまいというように、じっと見据えていた。今さら避ける気もなかったイフレニィだが、言い訳めいた前置きをする。

「あいつらのことは、今の俺やお前の問題とは関係ないから話さなかっただけだ」

 話して困ることではなくとも、相手が軍ということで無暗に警戒されてもうまくないと考えてでもあったが、こうなっては話しておいたほうが良いだろう。

 それでもなるべく最低限で済むようにと、髭面達と交わした内容から推測できたろうことの補足を試みることにした。

 簡単に言えば、組合を通した仕事を断ったら付きまとわれている、というだけだ。それだけを話したところで、女騎士のことには答えているとは言い切れない。案の定、二人は続きがあるものというように黙って聞いている。イフレニィは困ったように一度口を閉じ、質問されれば答えることに決め、別の方面から付け足すことにした。

「北方は、精霊溜りが多いと話しただろ」

 二人は居住まいを正した。

「軍からは年一の定期巡回があり、普段は組合でしのいでいた。それでは追いつかなくなってきたんだ」

 回廊周りの光景が自然と浮かんでいた。至る所に現れた精霊溜り。旅をしてきたことで、より一層あの異常さが際立つ。

「それで、国と組合合同で、新たに対処する部隊を組織することになった。臨時依頼の内容からも噂は広まってるし、聞いたことはあるだろ」

「やたら、北への補給が多かったね」

「工房側もぼやいていたから、多少は耳にしている」

 一応は二人も気を配ってはいたようだ。

「そこで俺はコルディリーの街と組合の、代表みたいな仕事を受けろと言われ、それを断った」

 バルジーが首を傾げながら聞く。 

「重要な仕事というのは分かるけど、それを断ったからってなんなの」

 そこを話せば、イフレニィの方が悪く見られ得るから聞かせたくなかったが、諦めの溜息と共に吐き出した。

「緊急依頼として、押し付けられるところだった」 

「緊急依頼」

 予想通り、バルジーは難色を示した。旅人からすれば、それを断るなど考えられないことだろう。

「断った時に、そう言って脅されたんだ。俺だけではなく精霊力の強い者は全て集められたからな。断られるなんて、考えてもいなかったんじゃないか」

 バルジーは、何かしら葛藤しているように口を歪めた。しかしまだ黙って聞くつもりらしい。

「それを言われたのは、俺だけお偉いさん達の会談に付き合わされた時だ。知った以上引くなよと、言外に臭わせたつもりだろうな。そこに居たのが、あの髭面と女騎士だ」

 あの時は、印の痛みもあって状況を理解するのに苦労した。それで、あまりにも強く拒否しすぎたため、余計に相手を刺激したのかもしれないと思える。

「もちろん俺も、コルディリーの為に出来ることをやりたかったが、引き受けたら北にずっと留まることになる。こうして出てくることはできなかった」

「そこまで、北は危険な状態なのか」

 セラは北の状況の方が気になるらしく、不安気味に眉根を寄せる。

「常に見張っていた方がいいだろう、ってくらいにはな」

 二人とも押し黙って考え込んでいる。何故、そんな大事なことを今まで話さなかったのかとでも考えたのだろうか。

「どのみち漏れることとはいえ、一旅人が言いふらすようなことではないだろ」

 自分が同じ立場ならと考えてくれたのか、定かではないが、間をおいて二人は相槌を打った。

「ああ、確かに」

「それも、そうね」

 軍の奴らとイフレニィとの確執、とまではいえない関係については、この辺で区切ることにする。

「それで、俺自身の問題だが」

 またバルジーは何か口を開きかけたが、今度はイフレニィが止めた。

「何かあれば後で聞いてくれ」

 バルジーは頷いて、また口を噤んだ。話を進めることにする。

「俺の精霊力がここまでになったのは、最近の空の異変が起こってからだ」

 バルジーは不機嫌に眉根を寄せた。

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