アダムとイブ

しゅりぐるま

アダムとイブ

「今吐いた息ってさ、さっき吸った息なのかな。それとも私の身体中を巡ってきた息なのかな。ねぇ、どう思う?」


「空気は肺に入って、肺からでてくんだから。さっき吸ったやつだろ」


「そっか。ね、東京ってさ、雪が降る前に雪の匂いするよね」


「雪の匂い?」


「そう。私わかるの。雪が降るまえに、匂いがするから。ここはその匂いと同じ匂いがする」


「ようするに、氷の匂いってこと?」


「そうかもね。もう、さっきから現実的だなー、君は」


「はっ! 外には得体の知れないゾンビ、やっとのことで見つけた安全な場所はこの壊れた業務用冷凍庫。雑談なんてしてる暇ないだろ」


「そうかなぁ。こんな密室に二人きり。外には逃げられない。それじゃ、なんか話するしかないじゃない」


「もっと建設的な話があるだろ」


「建設的な話って?」


「これからどうするか、だよ」


「これから」


「そう。水もない、トイレもない、風呂もない。食べ物はあるけど生肉だけ。おまけに窓がないから外の様子もわからない」


「だよね。それじゃ、やっぱり、適当に話するしかないじゃない」


「女ってのは理解不能だ」


「男もね」


「お前、トイレ行きたくないの?」


「まだ平気。君は? 行きたいの?」


「いや、別に」


「このまま、ここにいられる限り居続けてさ、我慢できなくなって外に出た時、世界には私達しかいなかったらどうする?」


「そんな都合のいい話あるわけないだろ。大体、ゾンビは頭かどっか潰さなきゃ死なないんだから」


「そんなこと無いよ。見てなかったの?」


「何を?」


「私達が逃げてる時、共喰いしてるゾンビがいたでしょ」


「は? なんだそれ?」


「もう、君、どっかのドラマの見過ぎなんじゃないの? 先入観はよくないよ」


「まじかよ」


「本当だよ。しっかりしてよね、君は私のヒーローなんだから」


「·····」


「何よ」


「いや、照れるなと思って」


「やめてよ、こっちまで恥ずかしくなるじゃない」


「·····。パニクって見えたけど、俺より冷静だったんだな」


「それは、君が助けてくれたから。君が私の手をとって走ってくれたから、後ろを振り返る余裕ができたんだよ」


「そっか」


「ねぇ、君、いくつ?」


「さあね、どうでもいいだろ、そんなこと」


「またそうやってー」


「あのさ、俺のこと君って呼ぶってことは、あんたから見て俺は年下に見えるってことだろ?」


「あ、気に障った? ごめん」


「いや、別にいいけど。俺、あんたのヒーローなんだろ?」


「うん」


「もっと頼られたいじゃん、男としては」


「·····」


「黙るなよ」


「·····。照れ隠しだよ」


「え?」


「て、れ、か、く、し!あんな風に助けられることなんてそうそうないし、君は私のどストライクだし。私はね、自慢じゃないけど素直じゃないの」


「なんだそれ。可愛くねーなー」


「はいはい、ごめんね! こんな女で」


「イブ、なんだろ?」


「え?」


「さっき言ってたじゃん。世界に二人だけだったらって」


「ああ」


「嬉しいよ」


「え?」


「あんたと二人きりだったら、嬉しいよ」


「·····」


「じゃなきゃ、あんな風に助けたりしない」


「君、名前は?」


「さあね」


「んもー!」


「アダムでいいだろ。雪の匂い、俺もわかるよ。イブ」

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