Rare diseases, Intractable diseases(希少・難治性疾患)
フカイ
第1話 今度のアマポーラ(尋常性乾癬)
わたしの病気は、
皮膚の病気です。
皮膚の表面がお月さまの表面のように、たくさんの炎症で覆われてしまいます。赤や紫の。
そしてすこしの刺激でその部分が荒れ、掻いたり、服でこすれたりすると、ボロボロとはがれてゆきます。
まるで雪のように。
目覚めたベッドの枕や、食事をしたテーブル。座ったソファーや、テレビの黒いリモコンにも、わたしの皮膚の、白い老廃物が積もってゆきます。
発症したのは三〇代の半ばの頃でした。
仕事でひどいストレスを抱えていた冬に、異様にフケが出るようになり、お医者さんでこの診断を受けました。道行くひとに好奇の目で見られ、電車で隣に座った人が、知らぬ間に席を立つことが多くなりました。
かんせん、という病名のせいで、誤解されるのでしょうか。
でもこの病気は、人から人へ感染するようなことはありません。触れても、例えば同じお風呂に入っても、感染することは全くないのです。ただ、わたしの
でもやっぱり、ひと前で裸になることにはかなりの心理的抵抗があります。
だから、
でも、最近になって新しいお薬が発売されました。
これまでのお薬は、肌の炎症の出ている部分に塗って、その症状を抑えるものでした。でも、今度の新しいお薬は、身体の奥の炎症の根本に働きかけるというものです。塗り薬ではなく注射剤なので、定期的に痛い思いをしなくてはなりません。
でも、実際に使った人は、皮膚が罹患する前のなめらかな状態に戻った、というのです。椅子を立っても振り返る必要がなく、真夏でも長袖を着ることもなく、髪を切ってうなじを出して、おしゃれを楽しめるのだというのです。
そのたびに、信じられないようなすがりたいような気持にさせられます。
ただ、このお薬は高いのです。年間、自己負担額だけで三〇万円以上します。そうかんたんには投与に踏み切れません。
わたしの家は、夫とわたしのふたり暮らし。
乾癬に罹患する前に彼と知り合い、幸いなことに彼はわたしをお嫁さんにしてくれました。
けれど結婚式から何年もしないうちに、わたしはこの病気に捕らえられてしまいました。
七転八倒する間、彼はずっと、わたしに寄り添ってくれました。
わたしは、彼がいてくれたからこそ、この出口のない病気とともに暮らしてこられたのだと思っています。
もちろん普通の夫婦と同じように、わたし達も喧嘩をしますけど。
でも、わたしのお誕生日の日には、きちんとホールのケーキを買ってくれ、真面目に歳の数だけのロウソクを灯し、部屋の電気を暗くしてくれる彼が大好きです。
山下達郎のア・カペラの「アマポーラ」は、結婚式の時のケーキ入刀のBGMでした。
わたしたちは、主にわたしの病気のせいで、子どもを持つことはしませんでした。
わたしは定職につけなくなり、彼の収入と、わたしのささやかなバイトのお金で暮らしています。
でも贅沢さえしなければ、普通にやっていける、と思っていました。
けど彼は、言ってくれたのです。
「外食を控えて、新しいお薬を試そう」と。
彼の欲しがっていた新しいクルマも諦めることになりました。
次回の通院で、わたしは主治医のお医者様に、そのおクスリのことを相談してみるつもりです。
わたしの病気は、わたしにひどく辛い人生を歩ませました。
要らぬお金もずいぶん使わせました。
それ以上に、わたしとわたしの彼の心を、ずいぶん傷つけました。
でも、この病気のおかげで、わたし達は、他のどんな夫婦よりも助け合って生きていくことができました。
互いに四〇歳を半ばまできたおじさんとおばさんになっちゃいましたが、わたしたちはずっと、気持ちの中では若者のまま、いられた気がします。子どもに恵まれた他のどんな夫婦と比べても、わたしたちが不幸だなんて、ちっとも感じません。
次のお誕生日の時。
アマポーラをどんな気持ちで聴くことができるのかな?
とても、楽しみです。
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