中指の春夏秋冬

エリー.ファー

中指の春夏秋冬

 実験室にある中指のことを誰も触れはしない。

 そういうものだから。

 ということでみんな流してしまっている。

 けれど、みんな本当は知っているのだ。

 あの中指は、いつまでもあるけれど、それは面白半分で室長が培養した自分の中指だということを。

「片づけてください、その中指。」

 僕はとうとう我慢できなくなり、その中指を示して、室長に向かって言葉を吐き出す。

「いいだろう、私の中指の中でもかなり出来がいい方だ。」

「それは分かります。前の中指は肉がぐじゅぐじゅのやつでした。」

「あれはな、細胞分裂とかそういうのが上手く行かなかったのだ。なんというか、本当にどうにもならなかった。」

 室長の性別は女性。

 室長は、その手の指の細胞の研究をしている。二百年ほど前になると、細胞研究となると体中の細胞を一人の研究者の研究内容としてまとめていたそうだ。だが、今は細分化が進み、それぞれの部位の細胞研究が進んでいる。

 室長の研究結果は海外の研究者の目にもとまる。それもそのはず、人間にとって指というのはそれだけ意味のある存在だからだ。五本でかつ、器用に動かせるものなどそうおう他の動物にあるものではない。

 室長はそういう、研究するべき内容に目を付けるのもとてもうまかった。

「中指の研究は、今後必要になってくるぞ。」

「そうですかね。」

「そうに決まっている。特に指ごとに微妙に細胞内のバランスが違う点など、おそらく私以外分かっている訳もない。」

「室長ってめっちゃ生意気ですよね。」

「生意気だが、研究というジャンルにおいてここまで謙虚な研究者もいないだろう。」

「それは同意します。」

 僕はマグカップを慎重に持ち上げるとその中のコーヒーを飲み干した。

 室長がマグカップをじっと見つめている。

 中に入っているのは室長が入れてくれた珈琲だ。僕はブラックだと飲めないのに、室長は必ず、ミルクや砂糖を絶対に入れようとはしない。そこだけは譲れないという。

「それに、別に中指の研究に必死にならなくても、いいじゃないですか。親指の研究をした方が金になるでしょう。保険でも、親指が欠損したときの方が、支払われるお金が高いですし、需要がありますよ。」

「君の指に唯一ないのが、中指じゃないか。」

 僕は昔大きな事故にあった。

 そんな下らないことを一々話す必要はないし、そのことについて今後語る気もない。誰かに同情をしてほしくて事故にあった訳ではないし、説明が上手くなったわけでもないからだ。

 髪の毛は直ぐに抜けて、そこに生え続ける兆候はない。皮膚は焼けただれて、正直直視することは余りお勧めしない。眼球はかかった薬品のせいで、黒く染まってしまい視力も限りなく低下している。

 無事だったのは手だったが、中指だけが欠損している。

「それに、だ。この中指だが、よく見ていろ。」

 研究室に放置された中指を二回ノックして見せる。

 爪が真っ二つに割れて綿棒が出てきた。

「君は、綿棒が好きだろ。」

「これを僕の欠損している中指の部分に付けると。」

「もちろんだ。」

「狂ってますね。」

 室長は大きな声で笑うと今度は中指を三回ノックした。

 爪が真っ二つに割れる。

 旗が出てきて、そこにこう文字が書かれていた。

 冗談だって。

「これ、研究費幾らですか。」

「三千と二百万だな。確か。」

 室長は真剣な顔で今度は中指を四回ノックする。

 またも爪が真っ二つに割れる。

 旗が出てきて、文字がこのように書かれている。

 これはマジ。

「この三つ目の旗の実装が幾らなんですか。」

「これ、二千万。」

「おめぇ、さてはマジで馬鹿だろ。」

 来年の春には、僕には中指ができるだろう。

 それよりも早く、僕と室長の薬指に指輪がはまることになるだろう。

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