シチュエーションラブコメ

山本航

シチュエーションラブコメ

「ねえ? ラブコメの好きなシチュエーションってある?」

 文芸部の部室でカスミさんが呟いた。僕はノートパソコンから顔を上げて、机の向かいのカスミさんの方を見るが、当の彼女は自分のノートパソコンに目を向けたままだ。

「いえ、どうでしょう。特別好んで読むわけではないんで」

 僕が特に好きなジャンルはミステリーなので、ラブコメを読もうとすることもない。ラブコメ要素のあるミステリーはごまんとあるが。

「読む話というより、書く話をしてるの。私たち文芸部員でしょう?」

「ああ、すみません。書く方ですか。いえ、書いたことも、無いですね。恋仲の男女が作品に出てきたことはありますが」

「そう」

 ああ、またつまらない受け答えをしてしまった。たった二人しかいない文芸部員なのに、先輩のことが好きなのに、つまらない男と思われてしまうじゃないか。もう思われてるだろうか。

「今ちょっと」と言ってカスミさんが顔を上げた。「面白いシチュエーションについて考えているんだけど、聞いてくれる?」

「はい。どうぞ。聞かせてください」

「男の子受けの良い作品を書いてみたくてね。いわゆるハーレムよ。まずヒロインが百八つ子なんだけど」

「欲張りすぎです」

「男の欲望はそういうものでしょう?」

「男の欲望がそういうものだとしても、そういう問題ではないです。お話としてまとめようがないじゃないですか」

「その中からたった一人の女の子を決めるの」

「男の欲望は切り捨てられてるし、残るのは百七人のふられた女の子じゃないですか。もはや失恋コメディーですよ」

「それはそれで面白そうね。百七つの面白いふられ方を考えればいいのね?」

「何でそっちにわくわくしてるんですか」

 カスミさんは頬を膨らませる。そういうちょっとあざといムーブに僕はまんまとはまってしまう。

「もう一つあるの」とカスミさんは言った。

「聞きましょう」

「いわゆる両想いものね。両想いゆえの空回りでコメディーを描きつつ、誰も不幸にならない安心感が良いのよね」

「百七の不幸を生み出そうとした人が言いますか」

「主人公は光源氏のような恋多き男なの」

「もうダメでは?」

「そして女たちは皆メロメロ。皆仲良く暮らすの」

「さっきのやつです。さっき望まれてたやつですね、それ。大体両想いものは一対一が前提でしょう」

「どうせ男はこういうのが良いんでしょう?」

「やめてください。偏見です。男だって大半は純愛ものが好きですよ」

「どうかしらー。怪しいものねー」

 カスミさんに疑いの眼差しを向けられる。

「そもそも女性受けについて考えた方が良いのでは? 女性の方が恋愛もの好きでしょう」

「偏見よ! それは偏見だわ!」

「落差が酷い。すみません。偏見には違いありません。でもまあ、そういう傾向にはありますから。考えてみても良いのでは?」

「なるほど。女性受けの良いシチュエーション。例えば誰がふられたとかそういう……」

「最初のやつですね」

「どの男に抱かれたいとかそういう……」

「二番目のやつですね。そういうゴシップ的なのから離れた方が良いと思いますが」

「じゃあ、君が考えてみてよ」

 カスミさんはぴしゃりと机を叩く。

「何で僕が。別にいいですけど。そうですね。同じ部活の誰かと誰かが両想いで、その事実だけが何らかのきっかけで全員が知る。でも誰もそれが誰なのか分からなくて、全員が探り合うとか」

「隙あらばミステリー風を捻じ込んでくるわね、君。そういうところあるわね」

「すみません。好きなんです」

「でも、悪くなさそう。他にも考えてみてよ」

「そうですか。それじゃあ、熱しやすく冷めやすい男がいて、そいつは色んなものにはまっては飽きるんですけど。その男を好きな女たちが共通の話題を持とうとして振り回される、とか」

「良いじゃない、良いじゃない。そういうのもっと頂戴」

 思いのほかカスミさんの食いつきが良くて僕も嬉しくなる。

「それじゃあ、何か文芸部的な……。そうですね……。好きな相手の好きなジャンルで、自分と好きな相手で当て書きするものの、好きな相手に駄目だしされて変な方向に……」

 カスミさんがばたんとノートパソコンを閉じる。

「それは無い!」

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