人形師の娘

たちばな立花

1

「可愛い可愛い私の。君が一番可愛いよ。アンネ」


 私はこの手が好き。優しく撫でてくれる大きな手。


 お父様は私が大好き。私が一番だと、毎日のように言ってくれる。


 私も大好きよ、お父様。


 私の元に来て、毎朝抱き上げて挨拶をしてくれる。どんなに遅くなっても毎夜、私の頭を撫でて一日あったことを話してくれる。


 私はそんな生活が大好き。


 お父様を待つ毎日だけど、寂しくはないの。だって、絶対に日に二回は来てくれているから。


「いつも可愛いね、アンネ」


 お父様、私は一番? お父様の一番?


 私がお父様の一番でなくなったのは、私が生まれて一年後のことだった。


 私は可愛らしいお部屋から、お父様の仕事場に移されることになった。あのお部屋はお父様がずっと望んでいた赤ん坊が使うんですって。


 お部屋が変わるのは別に良いのよ。あの部屋は可愛くて気に入っていたけど、お父様に会えるのは朝と夜だけだったから。


 今は仕事中ずっと会えるもの。


 けれど、お父様は私を見なくなった。朝気怠そうに仕事場に現れて、私の頭を撫でるだけ。帰るときは私のことなんて忘れたようにそそくさと消えていく。


 きっと、私を追い出した子供のところに行ってるんだわ。ずっとお父様は私のものだったのに。


 私がお父様やお店にくるお客様みたいに動くことができたら、また私のことを一番にしてくれるのかしら?


 お父様の仕事はね。私のお友達を作ること。その友達はすぐにどこかのお家に行ってしまうから、あまり仲良くはなれない。


 ある日、お店にお客様がやってきて、私のことを指差した。


「この子はいくらだい?」


 その言葉に私は震えた。売られちゃうの? ここにも居てはだめ? もっと良い子にするから。わがままだって言わない。


 一番になりたいなんてもう言わないから。


 お父様が私を一瞥して頭を横に振った。


「すまんな、これは売り物じゃないんだ」

「そりゃあ残念だ。この子が一番可愛い。よく出来ている」

「それは特別なんだ」

「確かに、他の人形に比べて全然違う。魂が入っているようだよ」


 お客様はすごく残念な顔をして、私の頭を撫でていった。この人の一番になれたかもしれない。けど、誰でも良いわけじゃないの。


 だって、私はお父様のために生まれたんだもの。




 ある日、お父様が仕事場に小さな女の子を連れてきた。まだ拙い言葉しか使えない小さな子。お父様の溢れるような優しい笑顔から、この子がお父様の一番だとわかった。


「さあ、エリーゼ。ここがお父さんの仕事場だよ」


 お父様は、エリーゼと呼ばれた女の子を抱きながら、仕事場をぐるりと回った。彼女は楽しそうに手を伸ばす。目の前の子の髪の毛を引っぱったところを、お父様に止められた。


 あんな暴力的なことをされたら最悪。絶対いや。


 私の前で立ち止まると、エリーゼは目を輝かせた。「きゃー」とか「わー」とか意味のない言葉を発して私に手を伸ばす。


 けれど、お父様が守ってくれた。


「だめだよ。この子はエリーゼのお姉さんだからね」

「ねーね?」

「そうだよ。もう少し大きくなったら、一緒に遊んで貰おう」


 お父様はエリーゼの頭を撫でた後、私の頭も撫でてくれた。


 エリーゼは、やっぱり意味のない言葉を発しながら笑顔を見せる。けれど、お父様には意味がわかっているみたい。


 ずっと、ずっと一番を奪った子が羨ましかった。でも、今日のお父様の笑顔を見ていたら、エリーゼの次で良いと思えてきたの。


 だって、もしも私がお父様の一番だったら、可愛い妹ができなかったってことでしょう?


 早く、エリーゼと遊びたいな。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人形師の娘 たちばな立花 @tachi87rk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ