二番目でいい

サヨナキドリ

二番目でいい

 校門の右側は僕の指定席だ。空のてっぺんから夜が降りてくるころ、部活を終えた君が駆けてくる。帰り道は年下の君と一緒に過ごせる貴重な時間だ。


「おつかれ!」

「お疲れ様。だんだん、日が落ちるのが早くなってきたね」

「そうなの?」

「この時間でもずいぶん影が長い。そろそろマフラーでも出した方がいいかな」


 今日はどうしようか。校則違反にはなるけれど、途中にあるコンビニで甘いものでも買ってもいい。ただ、シュークリームを買うなら気をつけないと。一度、クリームを思い切り溢れさせてしまって、君に笑われた。僕は君の笑顔が好きだ。


「前半はリードしてたんだよ〜。後半でなんであんなに大量失点しちゃうかな〜」

「それは残念」

「もう、アタシに監督やらせろ!って感じ」

「あはは!ところで、昨日公開されてた新曲のMV……」

「見た!すぐに見た!やっぱりいいよね〜」


 線路沿いの道を歩く。君は、君の好きなものの話をする。好きなチームの勝敗の話、好きな歌手の新曲の話、それから、好きな人の話。


「ガリ勉ってタイプじゃないんだけど、勉強もできるんだよね。クラスの男子はまだまだ子供って感じだけど、そういうのとは違って大人っぽいし」

「そうなんだ。それで?」

「この間、テスト勉強を教えてもらったんだけど……」

「やったじゃないか!頑張ったな」

「うん。なんだかんだで面倒見がいいんだよね。私が分からないとこを探して、丁寧に教えてくれた。」

「それは、すごくいい子だなぁ」


 君が好きな人はいろいろだ。先輩であったり、あるいは先生だったりする。いまは、ぶっきらぼうな同級生らしい。夕日のせいだけじゃない、君の赤らんだ顔は美しい。

 告白して泣いている君を見た。喧嘩して別れた愚痴を聞いた。いつのまにか話に上がらなくなった人もいた。


「……どうかしたの?」

「どうかって?」

「や、いきなり黙るから」

「ううん、どうもしないよ」


 その目で僕を見てほしいとは願わない。いつまでも君の二番目に好きな人でいたいと願うことを許してくれないか。


 **


「おかえり!お兄ちゃん!」


 お兄ちゃんが帰ってきた。大好きなお兄ちゃんだ。いくら甘えても許してくれる、優しいお兄ちゃんが。


「ただいま。学校はどうだった?」

「あのね、この間のテストが返ってきたんだけど、90点だったんだよ!」

「すごいじゃないか!よく頑張ったな」

「ふぇへへ〜」


 私の頭をなでてくれる、私が抱きついたら笑ってくれる。一緒にお風呂に入るのは、流石にお母さんに止められた。


「よし、じゃあご褒美だ。はい、ダブルクリームシュークリーム」

「やったぁ!……ってお兄ちゃん、また帰り道で買い食いしたの?」

「はは、バレた?内緒だよ?」

「はぁ〜。お兄ちゃん、いつのまにそんなに悪い子になったのかしらねぇ」


 お兄ちゃんには妹がもう一人いる。妹のように思ってる人がいる。

 私は知ってる。隠してるつもりだろうけど。あの子との電話のあとにカカオ70パーセントのチョコレートみたいな顔をしていたことも。あの子の前でカッコつけるために、苦いコーヒーを飲む練習をしていることも。


「じゃあ、俺は部屋に戻るから」

「えー」

「そんなこと言わない。いつでも入ってきていいんだから」


 お兄ちゃんはあの子のことを妹のように思っている。妹のように思おうとしている。

 妹なら、一番にしなくていいから、妹の一番にはなれないから。妹は一番になれないから。


「どうかした?」

「どうかって?」

「いや、いきなり抱きついてくるからさ」

「ううん、どうもしないよ。それとも、妹が抱きついちゃダメ?」

「いいや。そんなことはないよ。いつでも抱きついくれて構わないよ」

「外でも?」

「どこでも」

「大人になっても?」

「いくつになっても」


 私は抱きつく、抱きしめる。一番になれるひとの許されない距離で。

 だから、私は二番目でいい。

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二番目でいい サヨナキドリ @sayonaki

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