ブルーの苦悩
水鳥ざくろ
第1話ブルーの苦悩
ヒーローと言えば「赤」。
赤い色は格好良い。皆が憧れる正義の色、レッド。
実際、僕のチームのリーダーの人気と言ったら凄い。
敵を倒せば「ありがとう! レッド!」、「助かったよ! レッド!」と一番感謝されるのは彼だ。
僕はと言えば……二番手の青色、ブルー。
主に、レッドのサポートに回っているからあまり目立たない。これと言って必殺技も無い。ちょっと前線に飛び出しすぎるレッドを止めて諭すのが僕の役目。副リーダーと言ったところだろうか。
正直、副リーダーなんてグリーンやイエローでも出来るんじゃないかって思う。特にグリーンなんて寡黙で一番冷静だから人をまとめるのに向いていると思う。
どうして僕がブルーになったのかと言うと、単にチームへの加入が二番目だったから。レッドに誘われてこのチームに入った時「二人目と言えば青色、ブルーだな!」と言われた。その時は深く考えもせずに僕は頷いた。他にメンバーもいなかったから自然に副リーダーを任されることにもなる。そのことが、悩みの種になるなんて思ってもみなかった。
強いレッド。冷静なグリーン。ムードメーカーのイエロー……皆、それぞれに個性を持っている。それに比べて僕は……普通だ。特にこれと言った特技も、飛びぬけた性格も持ち合わせていない。
こんな僕が、このチームにいてもいいのだろうか。副リーダーとして居座ってもいいのだろうか。それが、今の僕の悩みだ。
~♪
レッドの携帯電話が鳴った。
彼はそれを取って真剣な顔をした。ああ、これはたぶん……。
「三丁目の銀行で強盗だ! 皆! 準備をしろ!」
出動の要請だ。基地にいた僕たちは、それぞれに戦いの準備をした。
***
『馬鹿なことは止めろ! 田舎のおふくろさんが泣いてるぞ!』
拡声器でレッドが銀行に向かって叫ぶ。
銀行前には無数の警官と機動隊。そして僕たちのチームが居る。
レッドが強盗犯の気を引いている間に、僕とイエローが裏手から中に侵入して人質――逃げ遅れた親子を助けると言う作戦だ。
「敵は武器を持っているんでしょうか?」
イエローが僕に訊く。
僕は答えた。
「持ってるけど……あれはたぶん偽物の拳銃だと思う。無謀な犯行だね。ただ、心配なのは人質の親子だ。母親はガムテープでぐるぐるに巻かれて床に転がされているけど、女の子は犯人の腕の中……まだ小さい子だから、投げ飛ばされたりでもしたら命に関わる」
「なるほど……じゃあ、まずは女の子の救出を第一に?」
「うん。僕が犯人を取り押さえるから、イエローは母親を確認して」
「分かりました。先輩」
裏口のドアは開いていた。
僕たちは物音を立てないように、そうっと店内に侵入する。
『お前の周りは完全に包囲されている!』
レッドの大声が外から響いている。
「うるせえ! いいからさっさと逃走用の車を用意しろ!」
犯人が喚く。
僕は気配を消して、すっと犯人の背後に回り込んだ。
「たあっ!」
「な!?」
僕の蹴りが犯人の背中に直撃する。
犯人がよろけた隙に、僕は奴の腕の中から人質の女の子を奪い取った。
「うわああん! ママー!」
「大丈夫だよ。お母さんは無事だ」
横目で見ると、イエローが母親のガムテープを剥している最中だった。彼女に怪我はなさそうだ。良かった……と安堵の溜息を吐いたのもつかの間、犯人が僕に向かって襲いかかってくる。
「てめえ! 舐めた真似しやがって!」
「っ!」
「先輩!」
犯人は拳銃を僕に向けることなく、それで殴り掛かってきた。やっぱり偽物か。
僕は咄嗟に女の子を胸に隠して床に丸まった。
「この! この野郎!」
ガンガンと拳銃の端で殴られる。偽物とはいえプラスチックではなく鉄で出来ているそれはとても痛い。けれど、今体勢を変えると女の子が危ない。僕は必死に痛みに耐えた。
「ブルー! イエロー!」
自動ドアが開く音がした。
忙しなく入って来るふたつの足音。
「な、止めろ! 離せ!」
「そこまでだ! 俺たちが来たからには悪事はさせん!」
僕はそっと顔を上げた。
ちょうどレッドが犯人を背負い投げでぶん投げているところだった。すかさずグリーンが倒れた犯人の両腕をロープで縛っている。
「助かった……もう大丈夫だよ」
僕は立ちあがって、女の子を自由にしてあげた。
女の子は、涙目で僕を見つめて動かない。母親の元にも駆け寄れないくらい怖かったのだろうか。僕はしゃがんで女の子と目線を合わせた。
「怖かったね。もう大丈夫。悪い奴は退治したから」
「……助けてくれて、ありがとう」
女の子はしゃくり上げながら言った。僕は言う。
「お礼なら、あの赤いお兄さんに言ってあげて? 悪い奴を退治したのは彼だよ」
「……ううん。違う」
女の子の言葉に僕は驚いた。違うって、何が?
目を丸くする僕をよそに女の子は続ける。
「私を守ってくれたのは……青いお兄ちゃんだから」
「それは……」
「ありがとう。お兄ちゃんは私のヒーローよ!」
それだけ言うと、女の子ははっとして、床にへたり込む母親の元に駆け寄って抱きついた。
「ママー!」
「ユミちゃん!」
泣きながら抱き合う二人をぼんやり眺めていると、後ろからポンっと肩を叩かれた。レッドだ。
「ブルー! 今日の活躍は最高だったぞ!」
「いや、僕は何もしてないから」
僕の言葉を聞いたレッドはぽかんとした顔をして僕を見た。
「何もしてないことないだろう? お前がいなければ女の子……ユミちゃんは怪我をしていたかもしれない!」
「それは……」
「良くやったな! それでこそヒーローだ!」
レッドはそう言うと、警官たちのもとへ駆けて行った。犯人は無事逮捕。僕たちの仕事はこれで終了だ。
「ヒーローか……」
僕はひとり呟く。
こんな僕だけど、それを名乗る資格があるのだろうか。
――お兄ちゃんは私のヒーローよ!
ユミちゃんの言葉が胸に焼きついた。
そうだ。別に一番じゃなくても良い。二番でも三番でも良いんだ。
僕はヒーロー。
今日もまた、大切な命を救うことが出来たんだから。
「あれ? 先輩何だか嬉しそうですね」
イエローが訊いて来る。僕は笑って言った。
「うん。これで平和は守られたんだから嬉しいよ」
僕はチームの二番手、ブルー。
目立つことは無いけれど、きっと誰かのヒーローなはずだ。
悩んでいたことが馬鹿らしくなって、僕は目を瞑ってふっと吹き出した。
そして、誓う。
明日もこの国の平和を守ろう、と。
ヒーローであり続けよう、と。
小さな命が大切なことを気付かせてくれた。
そんな出来事だった。
ブルーの苦悩 水鳥ざくろ @za-c0
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