「また会いに来たよ」
椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞
第1話 貧乏くじ男、東奔西走
「また会いに来たよ」
私はそう言って、マスターに挨拶をした。
「ああ、いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
マスターは、笑顔で出迎えてくれる。
ここ『
お題を出したら、その題名通りの料理を出してくれる。
一ヶ月前から予約しておけば、お題にあった料理を用意してくれるのだ。
私は、この店で最初の客だったらしい。
閉店間際のため、客は現在、私一人だけだ。
「しばらくお待ちください」
マスターは厨房へ向かった。
調理を開始したようだ。
チャッチャっという、リズミカルな音がする。
「こちら、『貧乏くじ男、東奔西走』でございます」
見た目は北海道の味噌ラーメン。スープの味も味噌ベースだ。
しかし、麺も具材もソーキそばの材料を使っている。
思えば若い頃、私も西へ東へ駆けずり回っていた。
損な役回りばかり引き受ける自己犠牲タイプだと、周りから心配されて。
だから、今の私がある。
事業をやっていてよかった。
これは、その時に食べた料理である。
つまり、マスターが初めて作った、創作料理だ。
「面白い味だ。気に入ったよ」
「ありがとうございます」
このやりとりは、初めて店を訪れたときにも交わした。
覚えていてくれたのだ。
だからこそ、この話をするのは辛い。
「閉めるんだってね、ここ」
かけづらい話題を、私は切り出す。
「はい。旅に出ようと思いまして」
大事な城がなくなると言うのに、マスターは朗らかに笑う。
「お客様のリクエストにお応えすることは楽しかったです。ですが、もっと面白いことができるはず。そのためには私のインプットは少々不足がちだな、と思いまして」
万能だと思ったマスターでも、苦悩の日々はあったのか。
「いずれまた、店を再開しようと思います」
「事業が傾いたから、店をやめるワケではないんだね?」
「はい。私も心配でした。完全注文製のレストランなんて、商売として成り立つのかなと」
当時、悩むマスターの肩をポンと叩き、「食材は私が仕入れるから」と、見ず知らずのマスターを手助けした。
「そのとき、お客様は、こう仰ってくださいました。『また会おう』って」
「そうだったっけ?」
私はとぼける。
「ええ。とても心強かったのを覚えています。私を信じて下さったのでしょう?」
その通りだ。
この店は話題になる。私には直感があった。
こんなハイリスクな店なんて、誰にもマネできない。
マスターの腕は本物だ。きっとお客の腹も心も満たしてくれる。
私は全力で、彼を応援した。
事実、マスターの事業は軌道に乗り、ネットにまで取り上げられるほどに。
もう私の手は必要ない。
私は再び、客に戻った。
その関係が心地よいから。いつまでも新鮮な気持ちでいられる。
しかし、多忙のため、私の足は店から遠ざかった。
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