神さまから発表があります
よたか
春分の日とあるホテルにて
神さまが会見を開いてくれることになりました。
「あなたが神さまだということを証明してください」記者が声を上げた。
「それはそうだ」「まずそこだよね」会見場にいる人たちはどんな返事なのか楽しみになりステージ中央の椅子に座っている男性に好奇の目を向けた。コゲ茶のズボンに白いシャツの上から紺のジャケットを羽織ったスリムな男性はめんどくさそうに肩をすくめて、ボサボサの髪をかきあげて口をへの字に曲げた。
中途半端な静けさが、ざわつきに変わり始めたときに質問した記者が大きな声をあげた。
「あっ、はい。すいませんでした。本当に失礼いたしました」
質問した記者は青ざめて、震えながらステージ中央を見ていた。
「別に俺は“神さま”だなんて言ってないからね。俺はただの使いっ走りさ。でもそれなりのことはできるんだよ。質問には気をつけてね」そう言って男性は足を組んだ。
静まり返る会見場。
なにがあったのかみんな気になった。だけど下手なことは言わない方が良さそうなのでみんなだまっていた。
「あのどうして、このタイミングで会見を開かれたのでしょうか?」
『おぉ勇者だ。すごい』みんなはそう思った。だけど、心なしか勇者の声は震えている。
「そうね、どうしても伝えたい事があるんだけど聞いてくれるかな?」
「はっ、はい。もちろんです」勇者は声をひっくり返っして答えた。
「俺はどこから来たと思う?」男性は少しだけおどけた声で言った。
「やっぱり天からですか?」勇者が恐々と返事をする。
「まさか。宇宙人じゃないって」男性は笑顔でそう言った。
張りつめていた会場から、少しだけ笑い声おきた。
「俺はね人の心から来たんだよ。特に大きな後悔があるとこうして現れるんだよね」男性はややこしいことを言い出した。
「いま誰か大きな後悔をしてるんですか?」別の記者が質問した。
「後悔してる人はいっぱいいると思うけど、“いま”じゃないんだよね。後悔してるのは未来の人たちなんだよね」会見場の人たちの疑問が膨らんだ。
「ということは、あなたは未来人なんですか?」
「ややこしいね。未来の人たちがね後悔してることを修正しようとしてる。って言えばいいかな」
「修正できるんですか?」
「できるよ。生命の歴史は修正の歴史だもん」
「えっ、生命?」
「そう。生命の歴史。初めて生まれた生物が死滅しそうになった時、後悔の思いが過去を変えてきたんだよ」
「過去が変わって生物が生き残ったんですか?」
「そうだよ。だから君たちが生きてるんじゃない」
「では歴史は全て未来から影響されてきたんですか?」
「まぁ間違ってないけど違うかな」会場がすこしざわついた。
「具体的には、かつて生物が増えすぎた時代があったんだけど、そのままだと絶滅するから地球に隕石をぶつけた」
「それって、恐竜が絶滅した時のことですよね」
「そうね。そんな感じ」男性はあっさりと言ってのけた。
「それって、戦争や災害も口減らしということですか?」か細い声で若い女性が質問した。
「まさか。理性がない生物の後悔だったら、口減らしくらいしか思いつかないけど、理性を持った人類の後悔はそんな酷いことはしない」
「そうですか。よかったです」女性は深いため息をついた。
「人類の後悔はね、まず過去の人たちに警告を送るんです」
「警告というと、天災とかですか?」
「それもあるけど、誰かに“天啓”を授けたり、人為的な“ミス”させたこともあった」
「それって具体的な事例を教えていただけますか」
「キリストとかそうだよね。宗教は団結のために必要だったからね」
「他にはなにかありますか?」
「実は日本が戦争に負けたのも誘導した」
会見場がどよめいた。空気が少し冷たくなった。
「日本が戦争に勝つと、結果的にヒトラーが世界中の人間を虐殺することになったからね」
「納得できません」高齢の男性が立ち上がりながら叫んだ。
「その後ヒトラーは日本とも戦争して、日本人も全部殺しちゃうんだけど、どちらがよかった?」
「それは……」
「納得できない気持ちもわかるよ。俺は別に“正しいこと”をやってるわけじゃない。人類の利己的な後悔を修正してるだけだから」
「じゃ、今回も未来の方の後悔を正しにこられたんですか?」
「そうそう。今のままだと人類に22世紀は来ないからね」
「それはどういうことでしょう?」
「もうすぐ戦争が始まる」会見場がどよめいた。
「やはり、隣国から核ミサイルが飛んでくるんですか?」
「いや、原発の事故が多発して食料事情が悪くなり、汚染されていない土地の取り合いになった」
「それで、原発をやめろと言いに来られたんですか?」
「いや違う。もうその段階はとっくに過ぎた。何度も軽い事故を起こして原発は危険だとアピールしてきたじゃない」
「もしかして、あの地震もそうなんですか?」
「そうだよ。あの地震で原発をメルトダウンさせて原発の危険性をわからせたつもりだった」
「そんな。酷い。どれだけの人が亡くなっていると思うんですか。私はあの津波で家族を失ったんだ」堰を切ったように男性が大声でまくしたてた。
「そんなこと仕方ないだろ。人の命なんて2番目なんだから」
「2番目ってなんだ。あんたは人類を生かすためにいるんじゃないのか」
「違うよ。俺は未来人類の意思そのものなんだよ。このまま行くと日本は原発輸出国になって世界中に核をばらまくんだ。だからそれを止めに来たんだよ」
「酷い。あの地震から立ち直ってない人たちがたくさんいるのに」
「「「「そうだ」」」」会見場の人たちは一斉に叫び出した。
男性が抑え気味に「黙れ!」と言うと会見場は静まり返った。
「これくらいのコトはできるって最初に言っただろ」そう言って男性は会見場を見渡した。
「あんたらもそんなこと言えないだろ。まだ3月も半ばなのに11日までの追悼ムードはどこにいったんだよ」
「それは、その、注目されないといけないわけで、今は別の話題があって……」歯切れの悪い言い訳が聞こえた。
「まぁ、それが今の状況を招いたんだからちゃんと覚悟しときな」
「……」誰も何も言えなかった。
「じゃ、そろそろサヨナラだ。ここで世界を分岐させる」
「分岐ってどういうことですか?」
「あんたたちはこれから50年間、核と暮らしていくのさ。俺はここで世界を2つに分けて核が完全になくなる世界を作ってから消える」
「核が完全になくなるならこの世界でやってもいいだろ。どうして分岐させる必要があるんだ」
「理由は2つだ。1つは後悔する人類がいないと俺が現れないだろ」
「確かにそうかもしれない……」
「2つめは、未来人類は『日本を消さなかった』ことを後悔してる」
「ということは、日本は、もう」
「まぁ、国がなくなるなんて珍しくないよ。じゃ、さよなら」
そう言って男性は立ち上がって会見場を後にした。
神さまから発表があります よたか @yotaka
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