2番手のマウンド

一繋

2番手のマウンド

 僕はまっさらなマウンドを知らない。


 エースが投げやすいように踏み固められた場所で投げる、2番手のピッチャー。


 2番目に投げる。


 こんな単純な言葉だけで片付けられるほど、重圧は軽くない。他人が作ったリードを守ること。こんなに怖いことはない。


 想像してみてほしい。他の人が作った大規模なドミノを途中から任せられることを。


 勝って当然という雰囲気から、エースを休ませるためだけに登板して勝利まで繋いでいく。


 うちのようにたまたま好投手が育った高校は、投手頼りで勝ち進んでいくしかない。


 けれど、毎試合100球前後を投げて大会を勝ち進めるのは、一握りの天才だけ。現実的には先発のローテーションや継投でエースを休ませる必要がある。


 投げきっても、勝利の栄光は先発したエースのもの。もし勝ち越されるようなことがあれば、その責任は僕のもの。


 まったく、割に合わない。


 うちの高校は過去に甲子園出場経験もある、公立にしてはそこそこの強豪だ。ベンチ入りの枠も競争で、ゼッケンをもらえたときは自分の才能を信じたりもした。


 けど、エースナンバーをつける先輩のピッチングに追いつける兆しは全くない。


 そんな先輩でさえ、甲子園常連校との練習試合ではめった打ちにあった。


 何に向けて投げているのだろう。


 小さいころに抱いていたプロ野球の夢なんてとっくに諦めた。


 今のチームに甲子園へいけるほどの力がないことはわかってる。


「さあ!しまっていこう!」


 キャッチャーが少年野球みたいに声を張り上げた。


「……どれも辞める理由にはならなかったな」


 声に出してつぶやいてみた。


 帽子をかぶり直し、ロージンをほかの人よりも少し多めにつける。いつものルーティン。


 バッターが打席に入った。ややホームベースから離れて立っている。


 18.44メートル先のミットをじっと見つめる。


 インコース。ボール球の要求。


 どうして毎日バカみたいに走って、怒鳴られて、泥と汗でボロ布みたいになってまでこんなところに立つのだろう。


 点差は4点。満塁ホームランで同点。ランナーを溜めてはいけないという重圧で指先が冷たい。


 初球。要求よりもさらに内に食い込む。デッドボールぎりぎり。


 キャッチャーは何度もうなずき、返球する。


 バッターはインコースを攻められて、アウトコースを遠く感じているはずだ。


 配球通り。冷静に考えられる反面、不安は尽きない。


 エースがきっちり完投してくれれば、こんな喉にこみ上げるものを我慢しながらマウンドに立つこともなかったのに。


 2球目。やや高めになったけれど、アウトコースに決まる。案の定、バッターは手を出せなかった。


 ちらりとファーストとサードに視線を向けると、心なしか表情が柔らかい。セーフティリードとはいえないまでも、確実に近づいてきている勝利の感触を指先で確かめているようだ。


「いい気なもんだよ」


 グラブで口元を隠し、独り言をはき捨てる。


 次の要求はカーブを低めに。


 腕の振りが変わらないように意識しすぎて、ボールがすっぽ抜けた。ど真ん中のホームランボール。


 けれど、バッターの頭に全くない球だったのだろう。引っ掛けて、セカンドゴロ。


 野球をやってても、嫌なことばかり気づく。自分が追いつけないと思ったエースの先輩でさえ、まずプロになることはない。


 いま対戦したバッターも、あんな絶好球を打ち損じているようじゃヒーローにはなれない。


 努力が実を結ぶ瞬間なんてほとんどない。この試合が誰かの人生を左右することなんてない。


 主役は僕じゃない。それどころか、このグラウンドのどこにもいない。


 右手の人差し指を立て、バックに合図を送る。ワンナウト。


「こっち打たせろ!」


「球走ってるよー」


 内野陣から声が返ってくる。


 しょうがない。そう、しょうがないんだ。胸に火はついてしまっているのだから。


 いくらでも代わりはいる2番手ピッチャーでも、ドラマにもならない地方大会のマウンドでも。


 次のバッターが打席に入る。僕の試合は続いていく。

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