嫌われ者の触手使いに生まれたので、剣豪として王道を往く◆淫魔スレイヤー◆

読図健人

序幕:真夏の夜の悪夢


 何故、剣に生きると決めたのか。


 何かが欲しかったのか。地位か、名誉か。弱小騎士の一人娘である自分には、得られる人生というのもおよそ華々しさと無縁だ。

 成功を求めていたのか。称賛が必要だったのか。

 それとも――――……或いは、定められた生き方とは違う自由が欲しかったのか。


 彼女は片目を抑えた。眼帯に隠された、失った右目。

 そして、くつくつと笑う。腹の底から笑いが出てくる。

 地位、名誉、成功、称賛、自由――――……いいや、いいや。 

 いいや、そんなものはどうでも良い。


 単純な話だ。

 ただ剣でしか生きられぬ。振るう風切り音のみが己の現実であり、一刀にかける血潮しか生の実感はない。

 臨むは死地。望むは死地。

 ただの一刀。その狭間にこそ、己の生きる道はある。


「こんばんは。良い夜ですね」


 大きく満月を背負った平野。

 城塞都市の外、街道を往くのは夜盗か魔物か。いいや、闇が深まったこの時間はそれらすらも現れまい。

 即ち、そこにいるのは修羅。悪鬼羅刹。人の法を外れし外道に他ならない。


「……」


 片目のあちらには、外套を纏った青年。

 漆黒のその裾が風にはためき、顔を覆う布が吹きさらされる。

 褐色に近い暗い金髪。深い琥珀色の目。歳は十代も半ば――尋常なればこんな夜半には出歩くまいが、逆に言うなら、ここに居ることが即ち異常の証明である。

 剣を抜き払う。それでも、青年に怯えた様子はない。

 好いぞ――――ああ、凄く好い。実に好ましい。白刃に怯えるならば、初めから家に籠もって震えていれば良いのだ。

 好ましい。こんな出会いでもなければ、抱かれてみたくもなったろうに。


「貴方は、得物を抜かないのですか」


 無論、黙って抜くのを許しはしない。

 そも、抜かずに死すならそれが定めだ。敵対者の不利に付け込まぬほど、彼女は善人ではない。

 だが、これは情けだ。そして満足だ。

 折角に出会った鬼が二匹。早い終わりでは詰まらない。


「それとも不可視の魔剣使いですか」


 問いかけると青年は首を振り、


「いいや、俺は――」


 そして、


「――――触手剣豪だ」


 堂々とそう言い放った。


 えっなにそれは。

 正気がヤられている。彼女は初めて貞操の危険を覚えた。

 使――女を誑かせるしか能がない魔法使いが、この世にはいた。

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