ぜろいちごにはち

都姫

母と私

01528、01528、01528…


「ぜろいちごにはち」

口先で呪文のように受験番号を呟きながら掲示板を目で行き来しては、もう一度自分の受験票に視線を戻す。


この作業をあと何回繰り返せば、私はこの場に背を向けられるのだろうか。受験票を持つ手先はとっくの前から凍えて感覚が無くなっている。さっきまで私の肩にぶつかりながら掲示板を見ていた群れはもういない。


私の努力が足りなかったのだろうか。

それとも、もっと早く取り組んでいればよかったのだろうか。

選んだ塾がいけなかったのだろうか。

勉強のやり方が間違っていたのだろうか。

私の努力は無駄だったのだろうか。


ひとつひとつの後悔を上手く処理する方法が私には分からなかった。

こんな時に連絡する友達を作る時間も惜しんで、高校生活を受験に捧げたのに、


私は、志望大学に落ちたのだ。



今時ネットでも見れる合否を、直接見に行きなさいと言ったのは母だった。それを言った時の母の目は珍しく本気だったので、大人しく従ったのだ。それでもやっぱり、歓喜の声を聴きながらいつまでもそこに立ち尽くす屈辱をわざわざ味わさせた母のことを、憎んだ。


その場を離れない私を急かすかのように、スカートのポケットが振動する。

犯人は母からの着信だった。

こんな惨めな思いをさせたことをどうしても責めてやりたくて、すぐさま私は通話ボタンを押した。

「もしもし、結子?風邪引くよ。早く帰っておいで」

どうしても責めてやりたい。

そう思っていた気持ちが、母の声を聞いて、目の奥で熱いものに変わろうとしているのに気付かないフリをして、私は口を開いた。

「お母さん酷い。こんな惨めな思い、わざわざさせるなんて、酷い。あり得ない。最低。」

ひと言ひと言を放つ度に目から垂れる雫が私の顔をぐちゃぐちゃにしていく。

でもそれが悔しい涙なのか、怒りの涙なのか、悲しい涙なのか、自分では分からなかった。

「ゆうちゃん、なんでお母さんが直接見に行っといでって言ったと思う?」

母から、ゆうちゃん、と声を掛けられたのは

小学生以来だった。

「そんなの分かんない、知らないよ」

「ゆうちゃんが、頑張ったゆうちゃんを認めてあげて欲しかったの。

ネットだと、合格、不合格しか出ない。

でも、掲示板は自分の番号を探すでしょう?

ゆうちゃんの番号は?」

宥められた小さい子のように、私は素直に口を開いた。

「ぜろいちごにはち」

「ぜろ、いち、ご、に、はち。今日何度も何度も唱えたでしょう。その番号、絶対に忘れないで。ゆうちゃんはその番号背負って、闘ったんでしょう」

静かだった母も、最後は声が震えていた。


ネットだと一度しか唱えない番号を、私は刻みつけるように何度も何度も呟いたのだ。

あの時の私が、最後まで逃げなかったことを、この受験票が証明してくれたのだ。

「ゆうちゃん、えらかったねえ」


そうだ、私、頑張ったじゃないか。

もう立っているのがやっとだった。

これは、頑張ったのにダメだった事が悔しい涙だ。


「お母さん、2番目なんかじゃない」

今言わなければならないと思った。

自分を認められた今だから、言わなければならないと。


血の繋がりには勝てないのだから、2番目の母だと思ってくれたらいい、と言っていたあの頃の母に伝えたかった。

「私のお母さんは、お母さんだけだよ」


電話越しからは、鼻水をすする声だけがいつまでも聞こえていた。


もっと早く言ってあげればよかった。

母が、母を認めてあげられるように。

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ぜろいちごにはち 都姫 @doremimimi

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