世界の終わり

赤木衛一

前編

 会社を退社したその日から飲み始めた。

 アメリカを発端とする、もっと狭めればニューヨークはウォールストリートのなんちゃらブラザーズの、キリスト教的精神など微塵も持ち合わせちゃいない、一部の恥知らずな成金どもの底知れぬ欲望と拝金主義が招いたリーマンショックのせいで、ほとんど裏に位置する日本経済までもが、環境ホルモンの影響で微量になった精子のように寒々としたものとなってしまったのは、わりと記憶に新しい。

 どれほど精液の量が多くとも、そこに含まれる精子がほんの少しであれば、太平洋を横断するに等しき果てしない遊泳も、それに根拠をつける生物学的理由も、またその太古からの構造自体も、恐らく多くの場合徒労に終わる。

 そんな精液を喜ぶのは、スマートフォンの顔面と視神経が一体化した習慣的ニヒリストくらいだろう。

 習慣的ニヒリストとは、ここではマスターベーションの常習者を意味する。子作り以外で精液を放出することは、これ、すなわち精液の無駄使いであり浪費である。放出され陽の目を見ることなく死にゆく何億という可能性の殺人であり、それを受け止めるティッシュペーパー三枚分の環境破壊に他ならない。

 習慣的ニヒリストはブルーライトの中、陰茎サオprick肉棒マラjohnson大金時dickちんちん息子cock、丁寧に言えばぺニスをさすることで虚無を自ら作り出し、その習慣化によってさらにずぶずぶと虚無を上塗りしていく。白濁とした虚無に自ら包まれる。その態度こそニヒルと言わずして何と言う。


 こういうことを言うと、子作りを目的としないセックスも同じではないかという反論も聞こえてくるが、はい、その通りである。ニヒルもニヒル、罪も罪。

 持て余した未成熟の肉体を弄ぶかのように、親のいぬ間にことに及ぶ高校生諸氏。八十年、ことによれば九十、百年に及ぶ人生のスタート地点で永遠を誓い合おうなど、とんだ愚行! 隣町の高校に行ってみなさい、素敵な異性がたくさんいますよ。大学に入ってみなさい、もっと素敵な方々がごまんといますよ。より広い世界を見ることで、自分が永遠を誓った相手がジャガイモに過ぎないことが見てとれよう。

 そして話題に上がったついでに大学生諸君! ハナからセックスを目的で女に近付きヤリチンの称号をもらったところで、それがどうした。恋愛体質という言葉で己の尻の軽さを肯定しきった仮面的性行中毒の女よ。みんな悔い改めればよろしい。高野山に山籠りすればよろしい。仏の言葉に耳を傾ければ、おのずと欲は断たれよう。


 ようはお前はモテないんだな、それでマクドのテイクアウトみたいに気軽に女を持ち帰れる奴らが羨ましいんだな、とそういう言葉も聞こえてくるが、隠すことはない。お前らの言う通りである。200%の事実である!ただのひがみだ!嫉妬だ!ジェラシーだ!私の過去をかいつまんでお話ししよう。


 初めての恋は高校一年生。相手はクラスメートの女の子。田舎の中学から、さらに田舎の高校へ入学したわけだが、それでも見慣れぬクラスメートは魅力的だった。こんな私に告白なんて出来るわけもなく、黙って姿を盗み見ていだけで、気付けば彼女は野球部の男子と付き合い始めていた。

 僕の初恋の相手を奪った野郎は、自分と彼女のアレやコレやを語り聞かせる。キスが上手くて、手は柔らかで、あそこも濡れて、自主規制。

 高校の三年間はずっと彼女が好きだった。彼女はとっかえひっかえ学校の人気の男子をモノにしたが、最後には都会の工業高校の溶接科をバンドマンになるために中退した男と付き合い始めた。世も末だ。


 大阪の大学に入ると、僕はどうしてずっとあんな女の子に恋をしていたのか、自分でも馬鹿らしくなるほどお洒落で可愛い女の子たちに囲まれてキャンパスライフを送った。そして二つの相棒が出来た。

 メンズノンノとサムライELOである。

 その二つの相棒にモテるためのファッションを教わったが、僕に声をかけてくれたのはホタルイカを思わせる背の低い女の子だけだった。違う違う違う、お前じゃない。僕は髪を金に脱色して、短く刈り上げた。当時人気だったアイドル歌手の中でも一番人気の奴と同じ髪型にしたのだ。しかし、効果はなかった。幾分引かれてもいたと思う、今では。倒置法。


 諸君、笑うなかれ。当時私は、マスターベーションの虜だった。むちむちとしたきれいな学生を思い浮かべては、ぺニスをさすり、思い浮かべてはさすりを繰り返してソウロウ。大学の一年目はそんな感じで終わった。女の子に興味を持ってもらおうと、あらゆる手段を講じたが全くなんの効果もなかった。例のホタルイカでも良いんじゃないかとすら思い始めては、いかんいかんと頭を振っては、良いんじゃないかと再び思い始めては、いかんいかんと頭を振っては、ソウロウ、ソウロウに果てた。

 ある種の達観を手にいれたのは大学の二年目。メンズノンノともサムライELOとも縁を切った。どうせそこに書かれてある恋愛奥義を実践したところで、得るものはないのだ。金の無駄だ。


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