第22話 ローレンス精霊相談所は人手不足です

「はい、ではご予約は三か月後で……。はい、ご予約ありがとうございました。失礼いたします」


 がちゃんと受話器を置くと、私はふーっと深いため息をついた。

 目の前にある紙の束には万年筆で書かれた依頼の予約がびっしりだ。

 そこに新しい依頼者の名前を無理矢理追加していると、玄関の扉が勢いよく開かれた。


 ――カランカラン。


「こんにちはー。リリエ、遊びに来たよ!」


「ルル、いらっしゃい」


 元気な声に合わせてルルが相談所に飛び込んで来た。隣にはサーチ君も一緒。会うのはあの騒動ぶりだった。


「この前言ってた、商品券持ってきたよ! ……って、あれ?」


 ルルは受付のカウンター前に立つと、私の顔を見て小首を傾げた。


「リリエなんか疲れてない?」


「分かる?」


 ダンジョンの意志こと極彩色パレスを捕まえてから数週間がたった。

 滅茶苦茶になった相談所も今は綺麗に片付けてある。

 レコードの特技スキルのせいで混乱した野良精霊達も、今ではすっかり元通り。相談所の中で日向ぼっこしたり、意味も無く浮遊してたりとのんびりしたものだ。

 今の私は、その姿が凄く羨ましくてならない。


「……実はさ、これ読んでみて」


 私は一枚の新聞をカウンターの上に広げてみせた。

 私が指した記事にルルとサーチ君が顔を寄せる。


「ふんふん。ローレンス精霊相談所で逃走中の精霊大暴れ。従業員の力により無事逮捕される――」


 それは、極彩色パレスを捕まえた件の記事だった。

 ちなみに、極彩色パレスがダンジョンの意志であることは伏せてある。彼は、島の偉い人達によって極秘情報扱いになってしまった。

 なので、新聞の内容ではクルックスのオークション詐欺に関わった精霊が警察から逃走。そして、ローレンス精霊相談所に逃げ込んだところを私達相談所の従業員が捕まえた。お見事! くらいのことしか書かれていない。


「凄い! 相談所が新聞に載ってるね」


「おかげで、この記事を見たって依頼者が急に増えちゃってさ」


「へえ、盛況で良かったね」


「……良くない!」


 大声で叫んだ私にルルがびっくりした表情でこちらを見る。

 私は拳を握りながら、ここ数日で積もった感情を吐き出した。


「もう、忙しすぎて無理!」


 ローレンス精霊相談所は今までは知る人ぞ知るくらいの知名度(ムラサキさんとか一部で有名な相談員はいるけど)だった。

 それが、新聞に載っただけで相談所は依頼者が倍増。

 その結果、私は仕事に限界を感じていた。


「今までの客数だったら一人でも大丈夫だったよ。けど、有名になってからはもう忙しすぎるの! 相談員のみんなは全然戻ってこないし!」


 ここ数日、所長や相談員のみんなに会うのは朝出勤した時と、営業時間が終わって帰ってくる時の短い時間だけ。

 お昼休憩に帰ってくる時もあるけど、大体は外で食べてそのまま次の依頼先へ行ってしまう。

 つまり、ここ数日は相談所にほぼ私一人しかいない。

 そう、私一人だけ!


「あらら、事件解決してめでたしめでたし。とか思ってたら大変なことになってたんだね……。よしよし、お疲れ様だよ」


 ルルが労わるような眼差しで私の頭を撫でてくる。ああ、優しさが身に染みる……。


「はあ、冒険者辞めてここまでしんどい気持ちになると思わなかった」


 冒険者時代の生きるか死ぬかの日々に比べたら全然余裕! とか思ってたのに。恐るべし新聞掲載の宣伝力。

 ということで、ルルに愚痴ってしまうくらいには私は疲れ果てていた。

 有給使って長期休暇したい……!


「もう、酷いですね~。私がお手伝いしてるのに、一人とか言っちゃって☆」


 右上から聞こえてきた声に、私は胡乱な視線を向ける。そこには一体の精霊が笑顔でぷかぷかと浮かんでいた。


「レコード君はいいから返済きりきり頑張りなさい☆」


「はーい。分かってますよ」


「言っとくけどこの忙しさの原因は君と君のご主人様がかなりの割合占めてるんだからね!」


「そこは、ちゃんと反省ししてま~す」


 この軽さ。君、反省してるの? 本当に???

 思わず疑いの目を向けてしまうけど、仕事はちゃんとしているのは本当だ。


 レコードは事件の後に相談所が雇うことになった。

 正確には、壊した相談所の賠償金を仕事で返済してもらっている。

 じゃあ、レコードの主である極彩色パレスは何処にいったのかというと、彼は島の中央のガル・アルカデ学園の中にいる。


 イーター君の特技スキル技喰ヴォイドが極彩色パレスの特異特技ユニークスキルを喰らった後、相談所の浸食は完全に消え去った。

 それから、警察署に連絡をして真っ先に現れたのは、警察署の人では無くガル・アルカデ学園の研究員達だった。


 どこからともなく現れた研究員達は「ちゃんと国の許可は取りましたから!」なんて言いながら、極彩色パレスをあっという間に連れ去った。

 なんで連絡した警察より先に来たのか気になるけど、まあ国から許可を取っているなら私達に止める理由は無い。

 ちなみに、相談所で暴れた件とは別の詐欺事件については現在審議中らしい。


「レコードちゃん、仕事は慣れた?」


「はい、ローレンス所長のおかげで新しい職場で頑張ってます」


「それで、レコードちゃんは何の仕事してるの?」


「私は記録係です。依頼主様との会話を特技スキル回想アルバムを使って記録したり、リリエさんのお電話の内容を横で記録してます。必要な時は特技スキルで閲覧も可能です」


「へえ、便利」


「まあ、助かっているのは事実だけど」


「そうでしょうともそうでしょうとも」


 それについてはさすがに認めざるおえない。

 レコードの特技スキル回想アルバム

 その特技スキルはその場の世界を記録して閲覧できる。


 お客さんが増えた今、レコードの特技スキルで会話を見直せるのがかなり助かっている。一応メモも取っているけど、その時の記憶をそのまま確認できるのが凄い便利だ。

 本当二度と犯罪に使うなよ。

 まあ、そこら辺の監視も含めて相談所で預かることになったんだけど。


「ふふふ、もっと褒めてくださって構いませんよ」


「調子に乗ってるなあ。何度も言うけど、ダンジョン復活とかやろうものならイーター君がガブーッ! だからね」


「じょ、冗談でもそんなこと言うの止めてください!」


 そう言うと、レコードは辺りを伺いながら、ぶるぶると怯えだした。

 完全にイーター君がトラウマになっている。

 これなら、もうダンジョン再興なんて思わないな。よし!


「結構仲良くやってるんだね、リリエとレコードちゃん」


「……そう見える?」


「あ、そうだ。レコードちゃんみたいに、相談所にいる精霊達にも手伝ってもらえないの?」


「うーん、精霊はそこそこいるんだけど、ね」


 確かにうちの相談所は野良精霊とか含めて精霊は結構いる。

 でも、精霊は契約書書けないし、報告書書けないし、始末書書けないから!

 事務所の掃除とか、観葉植物に水をやるとかは手伝ってもらってるけど、さすがに事務作業とか肉体が無いのに頼むわけにはいかない。


「とはいえ、ただ愚痴ってるだけじゃあ改善されないし。考えましたとも対策を!」


 そう言って、私は一枚の大きなポスターを出して見せた。


「……ローレンス相談所従業員募集?」


 ルルが声に出して読んだ通り、これは従業員募集のポスターだ。


「そう。所長に許可を取って募集することになったの」


 さすがに現在の人手不足ぶりを所長も充分理解していたようだった。

 私の訴えにポスターと募集のチラシをすぐに用意してくれた。


 私の希望としては、一緒に受付してくれる人。事務作業ができればなお良し。

 もしくは、相談員として来ても全然良し。あっちも人手がぎりぎりだし。


 とにかく――。

 我がローレンス精霊相談所は人手不足です。

 どうか、貴方のご応募をお待ちしてます!

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