第15話 小箱の正体
突然の閃光。
応接間を包み込む強烈な光に、私達は混乱していた。
「ひゃっ! いきなり何なの!?!?」
「くそっ、目が……!」
ルルの慌てた声とログ君の苦しそうな声が近くで聞こえる。
強い光に目をやられ、反射的にまぶたを閉じたせいで状況が掴めないでいる。
それは、もちろん私も一緒だ。
アレスト君や、相談所で日向ぼっこをしていた野良精霊達も騒ぐ音も聞こえるので、精霊も同じ状況みたいだ。
そういえば、まぶしくなる前にレコードがなにか喋った気がするんだけど……というか、あの子は今何処に?
私は、右腕で光を目に入れないよう庇いながら、薄く瞼を開けてみる。
まだ、部屋の中は光があふれていていた。瞼を閉じないでいるのがかなり辛い。
薄く開いた目で辺りを見まわすと、レコードは先ほどと変わらずソファの隣で浮かんだままだった。
そして次に私が見たものは、――目の前で天井を跳ぶ小箱だった物。
綺麗な立方体だったその姿はぐにゃりと歪み、軟体動物の様に滑らかな曲線を描いている。もう完全に小箱と言うには無理がある。
さっきまで、小箱はアレスト君の
目の前の光景を見る限り、どうやら私達の視界が奪われていたその隙に形を変えて脱出したみたいだ。
って、そんなことできるなら、とっとと逃げれば良かったのでは? という疑問の答えはすぐに分かった。
弧を描いて落ちていく先にあるのは応接間のソファー。そのソファーにある紙袋が落下予想地点だ。
そして、紙袋の中にはレコードの
「しまった――!」
声をあげた時にはもう遅い。
小箱だった物は、柔らかいスライムみたいに形を変えたまま、紙袋の中へ勢いよく跳び込んでいた。
「うー、目がチカチカする……リリエ?」
室内を激しく照らした光の渦は、時間が経つと徐々に勢いが弱くなっていった。今は目を開いていてもそこまで辛くない。
ルルはまだ閃光のダメージが残っているのか、瞼を抑えて小さく呻いている。
そんなルルを横目に、私はログ君の座るソファへ駆け寄り紙袋を掴む。
その瞬間、紙袋の中からぽーん! と、中にいた物が逃げるように天井まで跳び上がる。
「我・復・活ー!!」
「「「喋った!?」」」
小箱だった物の叫びに思わず三人の声が重なる。
私もルルも視界が戻ってきたログ君やアレスト君も一斉に天井のそれを凝視した。
天井高く跳び上がった小箱は、ぐるんと体を捻ねりながらレコードの近くに落ちていく。それから、ソファから少し離れた床に着地すると、崩れた軟体動物の姿は元の立方体へとみるみる戻っていった。
「やっぱり小箱の中にもう一体隠れたのか!」
「違いますよぅ。小箱の中にいるんじゃなくて、こちらの小箱が本体ですよ」
「うむ、その通りである!」
レコードの訂正に、小箱は偉そうに同意の声を上げた。
年代物のアンティークとか、長い年月をかけて
例えば、ウェーブ君も古い電話から生まれたタイプの精霊だ。
この小箱もそういうタイプの精霊ってことだろうか。
まあ、この言い方だと、ウェーブ君みたいに精神体と物が分かれてるタイプじゃなくて、精神体が物と同化してるタイプみたいだけど。
「さっきの閃光はこのもう一体の精霊のせいってことか」
「違うよ。たぶん今のは……」
私は目の前で微笑んでいるレコードを睨む。
さっき掴んだ紙袋の中身は空だった。あの小箱の精霊が全部奪い去ってしまった。
これで、また贋作に使った
「はい、私のスキル
やられた! 記録を見せることができるっていうなら、視界を奪える可能性を考えるべきだった。
もっと警戒していれば対処できたかもしれないのに……!
「やってくれたじゃない。レコード」
「うふふ。バレそうになって焦りましたけど、こうして作品を取り戻せましたし、結果が良ければ全部良しってやつですね」
口角を釣り上げて笑うレコードに悔しさが募る。
くそー。さっき、一つ取り返してこれくらいの時間
少しでも
「……質問がある。もう一体の精霊はどうやって入り込んだんだ? 入島記録には存在しないぞ」
私がレコードを睨んでる横で、ログ君は冷静に疑問を口にした。
元警察官なだけあって表情には出さないけど、警戒しているのは私と同じはずだ。
「それはですね。ほら最初みたいに小箱に私が入っていただけですよ。サーチの検索も受けたんですけど、あれって何体入っているかまでは調べれませんからね」
「つまり、そっちの精霊は不法入島なんだな?」
「まあ、そうなりますね。申し訳ありませんが、主様の存在はあまり知られたくなかったので、入島申請の時は私の名前だけで登録させてもらいました」
うわ、つまりこいつら最初から法律違反する気満々だったってことか。
ちなみに、バレたら裁判からの島から強制退去です。
「レコードちゃん。さっきの話全部嘘なの?」
さっきまでレコードに同情していたルルは少なからずショックを受けている。
悲し気な表情のルルに、腹が立つほど笑顔のままでレコードは答えた。
「ご安心くださいルルさん。私が話した事は大体本当ですよ。騙されたのは事実なんです」
「大体、か。騙された以外は嘘の部分があるってことだな?」
「ええ、そうですね。でもほぼ本当と思ってもらって構いませんよ。ただ、こちらにも都合が良かったとかそれくらいです」
都合が良かった?
クルックスの仕事が? 贋作を作る事が? それとも――……。
「……君達の狙いは、何?」
「そうだ、レコード。何故こんな事をした? お前レベルの精霊なら、クルックスから逃げて真っ当な仕事も選べたはずだ」
「うふふ。嫌ですね、そんなプライベートなお話しをする訳――」
「待て、レコードよ。話してやるがよい」
「あ、主様ぁ!?」
主の予想外の言葉にレコードが少し上ずった声をあげた。
「あのぅ、あまりそういう事情を簡単に話すのって、やばくないですか?」
「かまわん! 作品を返してもらった礼だ。それにここまでばれてしまったのだ。そろそろ隠れずに、我が野望を高らかに宣伝する良い機会ではないか?」
「まあ、主様がお望みでしたら……」
やたら偉そうな態度の小箱に、レコードは渋々と引き下がった。
どうやら主従関係はしっかりしているらしい。
それにしてもこの小箱、結構な重低音ボイスにそこはかとなく威厳を感じる。……気がするのだけど、何故かイラっとするんだよね。なんでだろう?
「で、そちらの小箱さんはどちら様?」
「よかろう。その質問に答えようではないか、お嬢さん! 良く聞くがよい。我が名は――極彩色パレス!」
「…………はぁ?」
思わず気の抜けた声が漏れる。
いやいや、それは君達がいたダンジョンの名前でしょうが! 何言ってるの?
「何だ? ふむ、よく聞こえなかったとみえる。仕方ない。我はすごーく寛大ゆえ、もう一度名乗ってやる!」
理解できずにいる私に、小箱はもう一度名乗りを上げる。
一呼吸置いて先ほどより聞き取りやすいように、ゆっくり丁寧に。
「我は極彩色パレス。人間に理解できるように言うなら、そうだな……あれだ、ダンジョンの意志というやつだな!」
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