かずい先生の能力者講座
携帯取って来る、と言って、生徒会室に戻ったかずいを、絢香はぺたんと尻餅をついたまま、脱力して見送った。
ぼんやりとした頭で、先程のやりとりを思い出す。
かずいの立てた作戦はシンプルだった。
「問題はあのスピードだ。いくら未来を読んでも、近づかれたら対処できない。一度遠間から牽制する必要がある。だから、一撃目は多少狙いが甘くていいから、出来るだけ遠くから撃つ。それで避ける方向を限定した後、床全体を消しゴムで叩き潰せ」
あまりにあっさり言うかずいに、絢香は反論した。
① まず、飛び道具を持ってない。
② そもそも自分の『スクール・オブ・ロック』は手元を離れると解除されてしまうので、自分の能力で飛び道具は作れない。
③ リーチの長い武器を調達出来たとしても、自分に出来るのはあくまで質量操作であり、巨大化させすぎた武器は自分の腕力では扱いきれない。
④ 操作できる文房具は一度に一つまでで、そんなに一瞬で能力の切り替えは出来ない。
絢香から見れば、穴だらけの作戦だった。やはりこの人は、戦闘には向いていないのではないか、と絢香は不安を強くしたが、かずいは絢香の反論を聞き終わると、まるでこともなげにこう言った。
「最初の三つは、それをクリアする武器を作れば問題ない」
「え」
「次に、能力の切り替えだが、これは無理に切り替えようとしなくていい」
「はぃ?」
「干渉する物体に個数制限があるタイプの能力は、制限数を超えて能力を発動させると、最初に干渉した物体から順に能力が解除される。能力の重ね掛けと言われるテクニックだ。その際に少し負荷がかかるから、大抵はそれ以上試したりはしないらしいが、それを無視すれば能力は発動する。それだけ堪えてくれ」
「や、あの――」
「次。用意する武器だけど――」
「待ってください!」
「ん?」
「あのですね。武器を作るって簡単に言われましても、私に扱えるのは文房具だけで――」
「君のように干渉する物体の範囲がある程度広い能力の場合、干渉出来る物体と出来ない物体を区別するのは、能力者の認識次第だ。とりあえず、シャーペン貸してくれ」
かずいはそう言って、絢香に掌を向けた。
「え、何です、いきなり」
「いいから」
不承不承といった顔で、絢香が髪に刺していたシャープペンを抜き取り、元のサイズに戻して渡す。
「二本ともだ」
わけがわからない絢香だったが、混乱するまま、二本目も同じように手渡すと、かずいは何故か自分の靴紐を解き、シャープペンに結び始めた。
一本のシャープペンのクリップ部分に靴紐の端をくくりつけると、もう片方の端に輪っかを作り、二本目のシャープペンを通す。
簡素な工作を終え、絢香に差し出した。
「コンパスだ」
「はぃ?」
きょとんとする絢香に、かずいは相変わらず平坦な声で言う。
「だから、コンパスだよ。ちゃんと円が描ける。立派な文房具だろう」
絢香は恐る恐るそれを受け取った。確かに、輪っかに通されたシャープペンを軸にして、円が描けるようになっている。そして、触った瞬間分かった。間違いない。能力は発動する。
「こんな、こんなもので……」
「ある程度大きくしたら、手元に軸のシャーペンを残したまま、投げ縄の要領でもう片方のシャーペンを投げつけろ。それなら、君にも遠間を攻撃できる。で、もしできるなら、投げた瞬間にサイズを一回り大きくしてみてくれ。威力自体も上がるだろ」
「えええ」
果たして、かずいの作戦は成功した。
シャープペン(コンパス?)から消しゴムへ、能力を重ね掛けした際、頭の中にそれ以上進んではいけないような、本能的な拒絶反応が働いたが、「途中で引っかかって動かなくなった抽斗を無理矢理開けるイメージだ」という、分かりやすいのか分かりにくいのか判断に困るかずいのアドバイスに従い、強引に『力』を入れたところ、糸の千切れるような音と共に能力は発動した。
無茶な能力の使い方をしたせいで、少し痛む頭をさすりながら、絢香は生徒会室の中で電話をかけてるらしいかずいのぼそぼそとした声を、ぼんやりと聞いていた。
まさか、自分の能力にあんな使い方があったとは。
『スクール・オブ・ロック』は、決してありふれた能力ではない。質量操作の能力はいくつもあるが、文房具に干渉するというのはそれなりに珍しい。
それを、一度説明されただけですぐにあんな応用法を思いつくなんて。そして、それを支えるあの異様な博識ぶり。自分以外の能力の特質に、あそこまで通暁している人も珍しい。
能力を応用し、研鑽し、独自の戦術を編み出す。
これではまるで……。
「おい」
その時、生徒会室の扉が開き(何故閉めてたのだろう?)、かずいが現れた。
「君の捜し物だけど――」
その言葉に、それまでの絢香の思考が一瞬で吹き飛んだ。
そうだ。どうして今まで忘れていたのだろう。
『久城×巽本』! 何としても見つけなくては!
「見つかりそうだぞ」
「ええ!?」
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