男子と女子のテンションは反比例する 2

 夜の校舎に、しばし無言が流れる。


「け、警備員の方でしょうか」

 それを破った絢香の声には、微かな怯えと不安の色があった。

「響、警備に連絡入れたのはいつだ」

「七時過ぎだな」

 それに引換え、かずいの問いも、響の答えも、相変わらず淡々としたものだった。


 響は教員が残業で居残っているのを装い、警備システムを停止させているのである。

「なら、こんな時間に警備員が来るはずはない。今は見回りはやってないはずだ」

「なら何なのよぅ」

 藍にはこんな時にも落ち着きはらったかずいが、頼もしいというよりは、何故か裏切り者であるような気がした。


「響、分かるか?」

「……ちょっと、待ってろ」

 軽い口調で訊ねたかずいに響がそう言って応じると、その目が閉じられた瞬間、廊下に一陣の風が通り抜けた。

「え?」

「く、栗原君?」

「しっ」

 何をやっているのか分からない藍と綾香に、かずいが人差し指を立てる。


 数秒後。

「……別館と三館には、誰もいない」

 ぼそぼそと、聞き取りづらい声で響が言う。

「「えっ?」」

 藍と絢香が揃って声を上げた。

「い、今のでわかったの?」

「何したんですか?」

「本館は、よく分からない」

 しかし、響もかずいも、特に説明をする気はないようだった。そのまま話を続けてしまう。


「分からない?」

「三階。何かがいるとは思う。けど、人の気配じゃない。……遅い。床を這いずる様な……」

「「………」」

 何故そんなことが響に分かるのか。そしてそれは、人でなければ何だと言うのか。

 藍と絢香が、手を取り合って震え始めた時だった。


「マジかよ!? 何それ面白そう! 行ってみようぜ!」


 それまで大人しく、いや、注意して見ればそわそわと、かずいと響のやり取りを聞いていた蓮が、叫び声を上げた。

「ああ」

 意気揚々と歩き出す蓮に付いて、響も本館へと足を向ける。それは、かずいや女子たちへの気遣いどころか、既に自分たちに同伴者がいたことすら忘却しているかのような振る舞いで。

「え、ええ!?」

「ちょっとぉ!?」

「はあ……」


 藍と綾香の悲鳴に混じり、かずいの本日何度目になるか知れない溜息が、そっと吐き零されたのだった。


 ◇


『問題児』という言葉は、現在の中学校ではある種特別な意味をもって語られる。

 一般の生徒と彼らの違い――『問題児』の持つ特異性については、説明するのに二つの要素が必要となる。


 野球の話と、白い石の話だ


 それは、一人の野球少年の話。

 彼は中学入学以来、野球部に所属し、エースピッチャーとして活躍した。

 卒業後は野球部の強豪校に進学、当然のように野球部に入る。中学時代の彼の評判はその高校においても知られており、入部当初から期待を置かれた。

 しかし、彼がその期待に応えられることはなかった。彼のピッチングは、まるで小学生並みのひ弱さになっていたのだ。

 その理由は、後に明らかになった。彼は、中学時代、高レベルの空力操作能力者だったのだ。彼の中学時代の野球は、全てそれに支えられてのものだった。

 彼は中学時代、そのことを誰にも言ったことはなかった。当然まともな練習などしておらず、卒業と同時に能力が失われた彼には、残されたものは何もなかった。

 彼は中学三年間の青春を、自ら溝に捨ててしまったのだ。


 これは全国の小学校の教科書に記載された逸話であり、現在の小学生は、まるで怪談によって夜遊びを注意されるように、中学生になったからといって能力に頼りきりにならないようにということを、口を酸っぱく、耳にタコができて酢ダコになるほど聞かされている。


 どうせ三年後に失われるものを、必死になって育てて何になる?

 それは現代の中学生にとって、小学生の頃から刷り込みとして教えられている、コモンセンスの一種なのである。

 これが要素の一。


 二つ目の要素は、これもまた中学生にとっての常識の一つ。

 すなわち、中学生は教員に勝てないという事実である。

 教員の持つ『白い石』は中学生の能力を尽く無効化する。能力をただ使うだけでは、それがどんなに強力であっても教員には勝てない。また、単純な身体能力だけでは、捕縛術を修めた大人に、体の未発達な中学生が勝てるはずはない。

 これが中学校において教員が強権を有する理由である。


 能力を使うだけでは教員に勝てない。かといって能力を使わなくても当然勝てない。ならば中学生が教員を下すにはどうするか。


 自らの能力を研究し、研鑽し、自身の身体能力と組み合わせ、独自の戦術を編み出す。

 これが、その答えの一つだ。ただしそれは、三年後には必ず失われ、その後の人生には決して役に立たないと分かっている技術である。


 断っておくが、いくら強権を有するとは言え、教職員が生徒を迫害し、隷属させているわけではない。ほとんどの生徒は彼らと共存し、折り合いをつけて生活しているし、特にそれで不自由するということもない。敢えて困難にして無意味な道を取る積極的な理由が、九割九分の中学生にはない。


『問題児』達は、一体何を思ってその力を身に付けたのだろうか。

 愚かな行為と謗りを受けてなお自由を欲する程の不自由とはなんであろうか。

 それを言葉で語れるほど、彼らは自分の人生についてまだ知らない。そして、それを語る言葉を彼らが身に付けた時、彼らの中から、その理由は失われてしまっているのだろう。


 とにもかくにも、それが彼ら『問題児』と一般生徒たちとの間に横たわる、大きな懸隔であった。

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