春の夕暮れ目に染みて

 完全下校のチャイムが鳴っている。

 吹奏楽のBGMが消えた校舎内は、橙色に染まっていた。

 美術室から、かずい、しずり、衛、藍、紫乃の五人が出てきた時、男子二人の顔には、鉛のような疲労がのしかかっていた。かずいの顔色は、まだ青白い。しかし、衛共々、その左頬は、赤く腫れ上がっていた。


 衛は衛で、あの後一苦労あったのだ。

 優香を心配して様子を見に来た図書委員長の三年女子にあらぬ疑いをかけられ、誤解を解くのに苦労したこと。

 騒ぎを聞きつけてきた生徒会に、またお前らか、と散々小言を言われたこと。

 さらには、空から降って来た不良生徒を保健室まで送り届けると、「こいつはさっき見たばかりなんだが、何の嫌がらせだ? あとお前ら、花瓶返せ」と、保健医から理不尽なお怒りを頂戴したこと。

 そしてダメ押しが――


「お前達、間柴に危ない真似をさせるなと言ったはずだが……?」


 泣き腫らし、ジャージに土をつけた紫乃を見た美術部部長に、男子二人、遠慮容赦の無い平手打ちを食らわされたことだった。


 ◇


「成程なぁ。じゃあ、あの一年生くん、栗原に手ぇ出したのか」

「みたいだな。屋上でスタンバってたとこを鉢合わせになったんだと。別に何を見られたって、あいつなら気にしないだろうに。知らなかったんだろうな」

「恭也には?」

「まだ。ていうか、連絡先知らないんだけど」

「俺が送っとくよ」

「頼む」


「そっか、じゃあ、優香ちゃんと仲直り出来たんだ」

「はい! しず先輩、ホント、ありがとうございました!」

「ううん、紫乃ちゃんが頑張ったからだよ。よかったね、紫乃ちゃん」

「えへへ」


「かずい。あんた汗くさいわ」

「うっせ」

「まあまあ藍ちゃん。日野君、頑張ったんだよ?」

「う……」

「何言ってんの。当たり前でしょ、男子なんだから」

「うん。かっこよかった」

「うぐ……」

「どした、かずい?」

「ナンデモナイデスヨ」


 結局、優香と紫乃には、噂は全くの作り話で、何も心配することはないと伝えた。優香には杏子の方から、『偶々聞いた話をうっかり話してしまったが、そこまで思い詰めているとは思わなかった。噂のことは嘘だと思うし、どうか気にしないでほしい』と、直接口で伝えたらしい。

 しずりは少し眉を動かしたが、かずい共々、何も言わなかった。

 その際に一悶着なかったかというと、そんなことはなかったのだが(へえ、あの人と連絡先交換したんだ。ふうん。え? 何で謝るの? 私、気にしないよ?)。


 生徒指導室に連れていかれた優香と待ち合わせをするらしく、紫乃とは下駄箱で別れた。

 四人は、連れ立って、校門を潜る。

 その時かずいの頭の中では、別れ際に杏子の言ったセリフが、いつまでも反響して離れなかった。


 ――あのね、嘘を吐く時は、少しだけ、本当のことを混ぜるものなの。

 ――藤見が亘田に占領されている、っていう話ね、これだけは本当の話なのよ。


 面倒事は、まだ終わりそうにないらしい。

 かずいは橙に染まる空を仰ぎ見ると、やれやれ溜息を零し…………それを見た藍と衛に「また何かカッコいいことを言おうとしたな」とからかわれ、しずりにはこっそりと煽られ、鉛のように重い体に更なるストレスを溜め込んだまま、家路についたのだった。

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