支払いは男の子の仕事 2

「あの、ちょっとみんなに聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

 がやがやとおしゃべりに興じていた一年生のグループに、しずりが遠慮がちに声をかけた。


「しず先輩」

「どしたんですか?」

「ていうか奥月先輩たち、どこ行ったんです?」

「紫乃、何かやらかしたんですか?」

 こちらを見上げて反応するものと、しないもの、目を合わせないもの。計八名の一年生を、しずりはおっとりとした表情で見回して言った。

「あのね、紫乃ちゃん、今、ちょっと困ったことになってて、それで、みんなにも協力してもらいたいの。それでね、亘田中の噂って、みんな知ってる? もし知ってたら、それ、誰に聞いたのか、教えてほしいんだけど……」


「それは……」

 一年たちの表情が、途端に曇り出す。


「ええっとぉ……」

「ねぇ」

「うーん、でも、しず先輩なら……」

 お互い気まずそうに顔を見合わせている。しかし、誰かが口火を切る様子はなかった。

「そっか、紫乃ちゃん、みんなとは一人だけ違うクラスだもんね」

 それを見たしずりが顎を引いて暗い声で言う。

「あの、別にそんなつもりじゃ……」

「あ、ううん、そういう意味じゃないの。ごめんね」


 つまりここにいる一年生には、全員二年生にスパイがいるという情報が吹き込まれているのだろう。しずりはいかにも『クラスが違うことを理由に紫乃を助けることを渋っている』とでも誤解したかのような口振りを見せ、さらに気まずそうにした一年の反応を見ると、すぐにそれを自分で訂正する。

「じゃあ、こうしよっか」

 そして、右手の指を三本立てた。


「先着三名様」

「「「???」」」

「誰にその噂を聞いたか教えてくれた人には、商店街の例のお店の期間限定タルト、日野くんがご馳走してあげる」

「「「私、××××に聞きました!!!」」」


 全員、即答であった。


 ◇


「ふんふん、成程成程、ありがとね。じゃあみんな、いい子だったから、タルトは四個、買ってあげるね。みんなで半分こにして分けて?」

 そう言い残して(何気なくかずいの出費を増やしてから)、しずりはかずいの元へと帰ってきた。後ろでは、一年生たちの嬌声が響いている。しずりはメモ帳で口元を隠しつつ、にこにこと笑っている。

「ぶい」

 ピースサインを作った。


「何も言わない。何も言わないが、覚えとけよ」

 かずいはあくまで無表情に、しずりを迎えた。手先が震えていたが。

「それでね、これなんだけど」

 しずりはまるで気にすることもなく、メモ帳を広げる。

 そこには、美術部の一年生の誰が誰にその噂を聞いたか、その人物が何部の所属かが、一覧表になって書かれていた。何人かの生徒の名前が挙がっていたが、共通する名前は少ない。


「どうする? 虱つぶしに聞いて廻る?」

「………この人数全員を、タルトで釣るつもりか……?」

 かずいの声が、低く震えた。

「ううん。あの子達は私が二年だって知ってたけど、ここに書いてる人達には、わからないはず。だから、三年生のふりをして聞いてみれば答えてくれると思う」

「三年生の、ふり……?」


 かずいはしずりを見やった。

 自分の肩までしかない身長。日本人形のような髪型に、小学生にも見まごう童顔。

「何も言わない。私、何も言わないよ」

「ん、まあいい」

「そうだね。全然、気にしてないよ?」

「……とにかく、プロセスが確立出来ているなら、いちいち廻る必要はない。ショートカットする」

「あ、そっか。そうだよね。じゃあ、お願いしていい?」

「ああ、ちょっと大掛かりになるから、時間かかるかもしれないけど」

 かずいはそう言うと、作業台に両肘を乗せ、顔の前で手を組んだ。

「いいよ、待ってる」


 かずいの瞼が半分閉じられる。

 その顔から、表情が失われていく。

 能面のような顔。その瞳は、この世のどこにも、焦点が合っていない。

 それ以降、かずいはぴくりとも動かなくなってしまった。

 しずりは漫然と、その様子を見守る。やがて時計の秒針が五周程した頃。


「わかった」


 かずいが突然、口を開いた。

 表情を取り戻したその顔には、うっすらと汗が滲んでいる。

「お疲れ様。それで?」

 しずりが問いかける。

「イチムラサヤカ。陸上部。一年に噂をばらまいたのは、この生徒だ。彼女はどうやら、秘密を聞いているな。それも故意に。バラしたのはそいつの姉だ。イチムラキョウコ。書道部の三年生。この姉妹が、今回の件の黒幕だ」


 まるで、既に全ての聞き込みを終え、その上で結論を出したかのようなかずいのセリフを、しずりは平然と受け止めた。

「あー、あの人」

「知ってるのか?」

「うん、まあ。ちょっと派手めな人だよ。確か、操紙能力者じゃなかったかな。書道部ってことは、優香ちゃんに追加の噂を吹き込んだのは、お姉さんの方だったのかもね」

「多分そうだろうけど、断定はできないな。する必要もない。しかし、最後の最後までタイミングが悪いな。優香ちゃんが書道部に行ってれば、衛たちに任せられたんだが」

 ペットボトルで水を飲みながら、かずいが言った。


「まあ、そのくらいは私達も動かないと。でも、どうするの?」

「荒事にする必要はない。下手な動きをしないように、見張っていよう」

「うん。二手に分かれる?」

「いや、一緒にいよう。妹の方は、部活から抜け出せない。こっちの動きもわからないはずだ」

「もー、心配性だなぁ。大丈夫だってば」

 苦笑いするしずりだったが、かずいの表情は変わらなかった。

「念のためだ。行こう」

「はーい。じゃあ、部長に伝えてくるね」

「ああ」


 その時、かずいの腰に、携帯の振動が伝わった、取り出して、通話ボタンを押す。


「もしもし、かずい? 今どこ?」


 着信は、藍からだった。

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