変わってしまった友達 1
紫乃がその噂を聞いたのは、金曜日の昼休みだった。
――亘中の多重能力者が、開発された能力者を率いて他校を侵略しようとしているらしい。
その時の紫乃は、ようやく目覚めた自分の能力に夢中になっていた時だった。
彼女の能力は『マイ・ベスト・フレンド』。属性は『森』。
一メートル程の大きさまでであれば、どんな生物でも、彼女の意のままに操ることが出来る能力である。
一度に操れる生物は一体まで。多くの傀儡能力者が特定の生物を同時に複数操れるのに対し、紫乃の能力は汎用性に傾いた仕様をしているらしい。たまたま窓の外に見えたカマキリにムーンウォークをさせて遊んでいた紫乃に、どこか面白がる様子のクラスメイトがそんな話を振ってきたのだ。
多重能力者。
他校生による侵略。
その突飛な内容を、紫乃はまず、笑って受け入れた。冗談だとしか思えなかったのだ。
一人の中学生に、能力は一つ。
ちゃんと勉強している人なら、常識だ。
大体、侵略って(笑)。
家に帰る頃にはもう忘れていたし、休みの間中も、思い出すことはなかった。
しかし、週明けの朝、クラス内で知らない人はいない程、その噂は蔓延していた。教室に入って自分の席についた途端、昨日とは別の人から同じ内容の話を聞かされた時は、またその話か、と、紫乃も少し辟易としたが、そのクラスメイトの深刻そうな顔に、流石に違和感を覚えた。
どうやら彼女がその噂を本気で信じていること、そしてそういう人が、決して彼女だけではないのだということを知るにつれ、不安は増していった。
ありえないとは思う。だけど、
「ありえないなんてことはありえない。それが中学校なんじゃないの」
友達の言葉が耳に残る。
悶々として午前の授業を受けた紫乃は、昼休みに廊下で声をかけられた。
長身の、さらりとした髪をそのまま背中まで伸ばした美貌の少女。
紫乃の幼馴染の、柏木優香だった。小学校ではずっと同じクラスだったが、中学に上がって、初めてクラスが別れてしまった。そのせいで最近は少し疎遠になっていたのだが。
「ちょっといい?」
彼女に手を引かれ、紫乃は中庭の隅まで連れてこられた。
人気は殆どない。
教室からここまで、二人は無言だった。紫乃から声をかけようにも、久しぶりに言葉を交わす幼馴染は、今まで見たこともない顔をしていて、紫乃は言い知れぬ不安に、上手く言葉を紡げなかった。
「優香、どうしたの? もうすぐ5限始まっちゃうよ」
恐る恐る切り出す紫乃に、優香は眼光も鋭く、問い返す。
「ねえ、紫乃。例の噂、もう聞いてる?」
「噂?」
「亘中の開発能力者が、うちらの学校に攻め込んでくる、って」
紫乃は愕然とした。
噂が悪化している。
「何言ってるの、優香。そんな馬鹿なこと、あるわけないじゃん」
果たして自分の声が震えていなかったか、紫乃には自身がなかった。
「馬鹿なことじゃない。紫乃。もう藤見はやられてるんだって」
「そんな。私、そんな話聞いたことない」
「大っぴらにはされてないの。でも今、藤見中は亘田に乗っ取られてる。次はウチなんだって」
この子は何を言ってるんだろう。紫乃には目の前の少女が、まるで初めて見る人であるかのように感じられた。
「乗っ取り、って、何それ? だって、私達中学生だよ? いくら強い能力者がいるからって、学校の自治権が生徒にあるわけじゃない、のに……」
そこまで言って、紫乃は自分で気づいた。
「まさか、生徒会を?」
こくり、と優香が頷く。
橋町中学では、生徒会に校内の治安維持活動が認められている。そしてそれは、生徒会長――巽恭也が、校内最強の能力者であるという認知によって成り立っているのだ。
「亘田の学区の治安が異様にいいのは知ってるでしょ。向こうの生徒会も、うちらのトコと似たような感じなんだって。あいつらは、能力者を使って、自分達に反抗する人を徹底的に弾圧してるんだ。隣の藤見中はあいつらに能力者勝負で負けた。今、藤見の治安維持は、亘田の生徒会が牛耳ってる」
「で、でも、部活の先輩が言ってたけど、うちの生徒会長って、すっごく強いんでしょ。名前は忘れちゃったけど。その人なら……」
「巽先輩でしょ。優香、知らないの? いくら強いって言ったって、その人、剣を操るだけなんだよ? そんなの、多重能力者に勝てるわけないじゃない」
確かに、紫乃は自分の眼で生徒会長の能力を見たわけじゃない。でも、剣を操るだけ? 最強の能力者と聞いて紫乃が想像していたのとは大分違う……。
いや、今はそれどころではない。
「待ってよ、優香。そもそも、能力開発とか、多重能力とか、それこそありえないよ」
なんとか彼女の話を否定する材料を見つけたかった。
しかし優香は、ゆるゆると頭を振る。
「能力開発は分からないけど、多重能力者はいるんだ。ありえるんだよ」
「優香ぁ」
紫乃はもう、泣きそうになっていた。
「だって私も、多重能力者なんだから」
「え?」
「見てて」
そう言って、優香はその場に屈みこんで、右手を地面に付けた。
づん。
鈍い音を立てて、右手の周りに不自然な隆起が出来る。
「優香?」
今のは、土石操作だ。いや、ひょっとして身体操作の怪力? でも土石操作なら『山』の、身体操作なら『肉』の、それぞれありふれた能力だ。しかし、次の瞬間、ふっ、と息を吐いて、優香の姿が消えた。
「ええ!?」
「こっち」
頭の後ろから声がかかった。
振り向くと、相変わらず怖い顔をして、優香が立っている。
いや、でも少し、頭の位置が高いような……。
(浮いてる…!?)
優香の足は、地面から3センチ程離れて浮いていた。
瞬間移動に、空中浮遊。どちらも『空』の能力だ。
「優香……。なんで……」
優香は、ふわりと地面に足をつけると、次に、右手の人差し指を紫乃の指先にくっつけた。
「??」
何をされているか分からない紫乃だったが、やがて違和感に気づく。
(動けない……)
指先一つ、動かすことが出来なかった。さらに、
すい。
紫乃の右腕が、一人でに持ち上がった。
他人の体を支配する。これは、『霊』属性の能力だ。
「わかったでしょ。これが私の能力、『ヴィルヘルム・テル』」
優香の指先が離れると同時に開放された紫乃は、それでも言葉を継げなかった。
「ねえ、紫乃。私、戦う」
「た、戦うって」
「亘田中は、明後日にはもう攻めてくる。それなら、私、戦う。私なら出来る」
「だ、駄目だよ、そんなの! 危ないよ! せ、先生に言おう? ね? 他の人に任せようよ、優香ぁ」
「大人なんかあてにならないよ。第一、剣を振り回すだけの能力者に負けたんだよ? きっと偉そうなこと言って、教員だって大したことないんだ」
紫乃は、その時、優香が自分を見ていないことに気づいた。顔はこっちを向いてる。視線も合ってる。なのに、自分と向かい合ってない。
遠い。
もどかしい程に、遠かった。
いつの間にか、幼馴染は自分とは違う世界の生き物になってしまった。けれど紫乃には、その距離を飛び越える方法が分からなかったのだ。
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