母
ム口川
一番は…
両家の縁談で出会ったあの人。あの人の家は山を二つも持ってて野菜やら果物を作ってるって母さんがいってた。
お茶とビワを出されて二人っきりにされたけれどあの人ったら池の中の鯉ばかり眺めちゃって…私
(あの人のことがわからない )
でも、お会いしたのはまだ二度目ですもの。村の中では結構なお家だって母さんも気合い入ってたし下手にでない方がいいわ
「あの、池…綺麗ですね。」
「……ああ。」
私がお茶を口にしたのち、彼は彼の父が作ったのだという池についてぼそりぼそりと話始めた。よかったそこそこの話題だったらしい。でも、私が聞きたいのはそこではない。
「あの、このビワとっても美味しいです。あなたも手伝われているのですか?」
「……」
彼の顔が曇った。どうやらお茶を濁すような話題だったようだ。
お茶を飲み干すと彼は彼の母を呼びビールを持ってくるように促した。
お酒の入ってた彼は良くしゃべるようになり、缶をあけるたびに言葉は荒々しく、しまいには自らの母に対して乱暴になっていた。
本能的にこの人はダメな人だと思った。
それでもこの町のためにと夜、二階に用意された寝室に彼と寝ることになった。
自由に過ごした日々に涙が止まらなくなる。
(でも、あの人と結婚することがみんなにとっても幸せだし町も助かることだし…そしたら私も幸せよね? )
あの人と暮らし始めて数ヶ月、私は病院に入院することになった。
それで、あの子を産んだ。生まれた子はあの人に似て眼がとても澄んでいた。
――――――――――――――――
あの人が死んだ 。
棚畑のあるハウスの中でトラクターの下敷きになったと後に聞いた。
私は入院する前から彼にお酒を飲んでトラクターは触らないでくださいねと話してきたのだけれど。私が片付ける缶の数は毎日増え続けたから入院した時一番に不安だった。 でも...でも、仕方ないのよね。あの人が死んだ以上この子のことは私の命に変えてでも守ろう。
「…―もしもし。」
「あーアタシ、覚えてる?大学のサークルで一緒だった。あんた赤ちゃん生まれたんだって?」
「うん、そうだけど…なにかしら?」
「おめでとう!!」
「…え。」
「アンタさ、悪い男によく引っかかりそうになってたじゃん。アタシ心配してたんだよね。」
「いきなりどうしたの。」
「あ、いきなり電話とかひいでる…?」
「ううん、うれしいわ。…こっちに戻ってからそんな風に純粋に私のこと思ってくれる人いなくって。ありが...」
「それでね、アタシお願いがあんだけどさ、いま借金?っていうのお金なくってさ、アンタボンボンつかまえたって聞いたからさよかったらでいいんだけどさ。またアタシにお金かしてく…」
…―――――――――ブツッ
状況リセットしよう。それが一番いい。
私はあの人の家を出ることにした。あの人の母親に最悪な親だといわれたけれど、この子のことを考えるならこんな何もない地にいる方が最悪なことだ。
あの子のために同世代の子より一年は進んだ教材を用意した。 あの子が失敗しないように 。
この子は本当に勉強ができてうれしいのだけれど彼が成長するごとにだんだん…
私はあの子のことがわからなくなっていた。
「母さんぼーっとしてどうしたの?」
「ううん、何でもないわよ。」
「そう、じゃあ、僕の話きいてくれる?僕、好きなひとができたんだ。 」
「そう、おめでとう。どんな子なの?」
いつの間に?そして唐突ね…でも思春期に入ってる時期だから当然のことなのか。
…わたし、うまく微笑めてるかしら。
「同じ部活の子でね、女の子なのに僕より記録がいいの。」
「あらあら」
あの子のなかでも結局私は二番目になってしまうんだろう。
でも、あの子がいい人生を歩んでくれているみたいでよかった。
――――――――――――――――
――――――――――――――――
「これビワだよ。わかる?母さんがよく口にしてるの覚えてて買ってきたんだ。」
「…俺、大会出てきたよ、それで見せたいものがあるんだ。」
「母さん。」
ふわりと舞ったカーテンの先に木でできた椅子に座った母さんがいた。
「ああ、はじめさんそこにいたの?」
「母さん、俺の名前忘れたの…?」
親父の名前が始めに出てくるなんて…病気が進んでるとはいえ…そんな
「――そんなことあるかよ…」
母さんに聞こえないようにくぐもった声で苦渋を漏らす。
いま母さんの中で残っているのは俺ではなく知らない男のようでかなり悲しかったし同時に悔しかった。
「はじめさん?どうしてそんなに怒ってるの?…ひょっとして私お茶を濁すようなこといったかしら…。あなたのことを一番に思ってたはずなのにごめんなさいね。」
手からすり落ちた銀のカップは二つに割れた。
母 ム口川 @mukougawa4423
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