記憶喪失のパスワード

ちびまるフォイ

パスワードの設定に失敗しました

『お好みの飲み物を選択した後に

 認証パスワードを入力してください』


自販機に指示されるままにパスワードを入力すると、

ガココンという音とともにジュースが落ちてくる。


その後に並んでいたおじさんは自販機に断られていた。


『自販機用認証パスワードがちがいます。

 また、ほかで使用しているパスワードは登録できません』


「なんだよくそっ!」


おじさんは自販機に蹴りを入れると、

自販機から飛び出したロボットパンチでふっとばされた。


「ったく、みっともないな」


俺は余裕を見せつつ、ブラックコーヒーを傾ける。

その姿さえも誰かに見られている意識をもって美しい所作を心がけて。


学校につき、校門でパスワードを入力していると、

噂を聞きつけた同級生がやってきた。


「お前、本当にパスワードのメモないのか?」


「フッ、悪いが俺はお前らと頭の作りが違うんだよ」


「じゃあケータイ見せてみろよ」

「お前もな」


お互いにケータイを交換して中を確かめる。

相手のケータイには


・教室に入るときのパスワード

・コンビニ用のパスワード

・ケータイ用のパスワード


などなど、様々なパスワードがびっしりメモされていた。


なにせ今じゃ同じパスワードを登録した段階でNG。

求められるパスワードは多く、覚える量も激増している。


「ほ、本当だ……ひとつもメモしていない」


「ココが違うんだよ、ココが」


俺は自分のこめかみをトントンと指で突いた。

記憶力だけは昔から自信があった。


「一切のメモをしない」という肩書のおかげで、

俺の評判は学校内でも「すごいやつ」とお墨付きをもらっている。


「でも、本当はめっちゃ単純なパスワードにしてるんじゃないか?

 「a」とか1文字にしていれば覚えられるだろ」


「愚民は常に相手のほころびばかり探すよな。まったく。

 いいだろう。俺のパスワードを試してみるといい」


パスワード鑑定サイトにて自分のパスワードのひとつを入力してみせる。


『鑑定結果:セキュリティGood!

 数字が含まれ、文字列も長くて最高です!』



「……な?」


「ちくしょう! おぼえてろーー!」

「もちろんだ。俺は忘れることがないからな」


\ キャーカッコイイ /


まいっちまうぜ、まったく。

そして、この物語は俺のモテモテすぎるハーレム生活を

包み隠さず記述した自伝小説である。


「あれ?」


家に帰り、自宅の扉パスワードを入力するとエラーが表示された。


「パスワード変えたっけな? でも思い出せないなんてありえないし……」


現在のパスワードを確認してみた。


 ・

 ・

 ・



「――目が覚めましたか?」


「ここは?」


「病院です」


「なんで!? どうして!?」


「自分の名前は言えますか?」


「なんですかその質問。まるで記憶喪失みたいな……あれ?」


思い出そうとしてもまるで出てこない。

自分に関する情報がいくら頭を回しても思い出せなかった。


「先生……俺は記憶喪失なんですか」


「聞きたいですか?」

「それはもう」


「でしたら、治療費を払ってください」


財布を開けようとするとパスワードの入力が求められた。


『パスワードを入力しないとお金は出せません』


「ふ、ふざけるな! 俺の財布なのに!」


『パスワードを入力しないとお金は出せません』


「えい! このっ!」


『あと1回入力を間違えると自動で爆発します』


入力の手を止めた。

治療費払えないとわかると病院の窓から放り出された。


「くそ……いったいいつ記憶喪失になったんだ。

 いや、そもそもなにきっかけで記憶喪失に……」


身体には傷やケガはなかった。

階段から落ちて記憶喪失に、とかではないらしい。


「しかし……腹減ったなぁ……」


財布も使えないうえ、店に入るにはパスワード入力が必須。

新しいパスワードを発行しようにも、それを認証するパスワードが必要になる。


八方塞がりだ。


「記憶喪失って言ったってすべて忘れたわけじゃないはず。

 身体に染み付いた記憶はきっと残っているはずだ。

 自分に関する情報の糸口さえあれば思い出せるはず」


俺のイメージで記憶は木のようになっていて、

幹さえわかれば枝葉のことは一気にわかると思っている。

今はその幹の場所がわからなくなっているだけだと。


どうやって思い出そうか悩んだ末に、俺は近くにあった神社にやってきた。

石の階段は観光客を拒むように数が多い。


「なにきっかけで思い出せるかわからないからな……えいっ!」


階段から転げ落ちて、頭を強打することで過去の記憶が戻る。



そんなことはなかった。

単に頭を強打して病院に搬送されただけだった。


「……またですか。記憶失っておかしくなったんですか」


「いえ、記憶を取り戻そうとショック療法を……」


「次に無銭入院したら臓器売りますね」


頭を強打した結果、記憶は戻らなかったがアイデアはひらめいた。

もういっそ過去の自分のパスワードを引っこ抜くしか無いと思った。


「てめぇか? うちのハッキングチームに入りてぇってやつは」


「はい、よろしくおねがいします!」


「あらゆるものにパスワードが追加されちまっている今、

 ウチらの仕事は簡単じゃねぇぞ? それでもいいんだな?」


「自分を取り戻すためですから!!」


「……は? まあいい、教えてやるよ」


過去の自分のパスワードをハッキングで入手すれば、

記憶を失う前のことができるようになる。


家にだって入れるし、財布だって使えるようになる。

そうすれば自分の記憶に関するきっかけもつかめるはずだ。


俺はハッキングチームに入ってめきめきと力をつけていった。

かつての自分を取り戻すために誰よりも努力した。


「やるじゃねえか新入り。これでお前も1人前だ」


「やった! これでハッキングできるぞ!」


「ハッキングでそんなに嬉しそうなやつは初めてだ。

 それで、いったいどこのパスワードを抜き出すんだ?

 一流企業か? それとも、どこかの政治家か? 特殊部隊か?」


「いえ、俺です! 俺のパスワードを盗みます!」


「……え」


誰からも理解はされなかったが俺に迷いはなかった。

すべてはこのときのために。


持ち物や人づてに聞いた情報から自分の家を特定し、パスワードを引き抜いた。


「これが……これが俺のパスワードか!」



パスワード:https://www.amnesia@fire



解析したパスワードを入力すると、別のページが開いた。



 ・

 ・

 ・



「――目が覚めましたか? あなたは自分の名前が言えますか?

 自宅の前で倒れていたそうですよ、なにがあったんですか?」



「俺は……俺の名前は……?」


もう自分が誰だか思い出せなかった。

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