時空の旅 6
移動した先はまたも研究室だったが、A・ファーレンハイトには全く見覚えのない部屋だった。少なくとも、今まで見てきた所ではない。
そこには赤みがかった液体で満たされた、大人が入れるほどのカプセルがいくつも並んでいる。一つ一つのカプセルの中には数cmほどの小さな物体がそれぞれ一個ずつ収められていた。
マスターTは青緑色の作業服の上に白衣を着ていた。その姿はまるで研究者の一員のようだ。
彼は同じ研究室にいる白衣を着た濃い金髪の女性に声をかける。
「ロナー博士、前から気になっていたんですけど……超人が暴走した時の対処法は考えてあるんですか?」
「暴走とは……O器官が制御不能になること? それとも超人が私たちに危害を加えるような事態のことかな?」
「どっちもです」
「M合金をO器官にぶちこめば解決するよ。あれ自体にクラックを安定させる効果があるんだ」
「そのぶちこむまでが大変じゃないですか。超人が私たちを攻撃したり、研究所が嫌で逃げ出したりした場合は、どうするんです?」
「そうなったらしょうがないね」
「しょうがないって……。何か対策は考えないんですか?」
「ちゃんと愛情をもって教育するぐらいかな。檻に閉じこめるようなことはしたくない。超人だって心は私たちと同じなんだからね。君は未知のものを恐れすぎていやしないか」
マスターTは難しい顔をして肩を落とした。
濃い金髪の女性はエミリー・ロナー博士。おそらく二人は超人計画のことを話し合っているのだろうとファーレンハイトは理解する。
それにしても超人が暴走した場合の対策を考えないのかと、ファーレンハイトは大いに呆れた。絶対に暴走しないという確信があるのか、それとも天才とは頭のネジが何本か抜けているのか?
博士たちが全員このような性格なのだとしたら、NAは潰れて当然だったのかもしれないと彼女は思う。
◇
マスターTは不安げな顔をして培養液で満たされたカプセルを見つめ、その中の小さな塊――超人の胎児に向けて小声でつぶやく。
「良い子に育ってくれ。ここの人たちは良い人ばかりだ。君たちを奴隷になんてさせないよ」
ロナー博士は彼の言葉を聞いて、小さな笑みを浮かべた。
「バカなことをしているね。君は胎児が人の言葉を理解できると思っているの?」
「えっ、違うんですか?」
「無知もはなはだしい。赤ちゃんが人のごく簡単な言葉を理解しはじめるのだって生後半年以降のこと。それも親の熱心な教育があっての上でだぞ。しかも外の音は容器と培養液に阻まれて、中の胎児にはまともに伝わらないっていうのに」
「でも、この子たちは超人ですよ」
「超人でも何でも無理はものは無理だよ」
「いや、ロナー博士だって話しかけていたでしょう?」
「……どこで聞いていたの?」
「どこでというか、お一人の時には必ずと言って良いくらい話しかけているじゃないですか。あれは何なんですか?」
「あー……その、母親が胎児に声をかけるのは、胎児のためというより母親のためなんだ。自分の中に新しい命があるという意識が、我が子への愛情を強くするわけだな。声をかけないからといって、愛情が薄いということにはならないけど……。つまり、えー、何だ? 自分のお腹を痛めて産むわけじゃないから、少しでも愛情を持てるようになろうという意識の表れだよ」
博士たちは超人を奴隷にしようとは考えていなかった。
――だが、マスターAはそれを信じなかった。
彼は奴隷にはされないが、次の世代の超人たちのために捨て石にさせられる予定だった。それに耐えられなかったのか他に理由があるのか、本当のことはマスターA本人にしか分からない。
どちらにせよ、もう過ぎ去ってしまったことだ。
◇
A・ファーレンハイトは感傷的になりながらも、重要な情報を聞き逃さなかった。
ロナー博士はM合金をO器官にぶちこめば暴走は止まると言った。そのM合金は今ファーレンハイトの手にある。たった一発の弾丸として。
成功するか失敗するか分からないが、試してみるだけの価値はあるとファーレンハイトは希望を持った。
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