飛翔する野心
力への意志 1
F国での作戦から一週間後、マスターTは邪悪な魂からC国で待つと告げられたことをマスターRに伝えにいった。わざわざ自分の足で彼女の部屋に赴き、自分の口で彼女に話す。彼自身も迷いに迷い、悩みに悩んだ上での判断だった。
しかし、彼女はC国の邪悪な魂の掃討に黒い炎の構成員を派遣することには慎重だった。
「私に相談してくれたことは嬉しいが、現時点では何とも言えないよ。それが罠でないという保証はない。連中が君という障害を排除したがっているのなら、なおさらだ。それにC国は今のところ邪悪な魂を利用して、国内の非合法組織の一掃をもくろんでいる。C国政府と交渉はしてみるが、難しいと思うよ。下手をすると両方を敵に回しかねない」
沈黙したマスターTにマスターRは忠告する。
「一人で行こうなんてバカなことは考えないでくれ。君の技だって無敵というわけではないんだろう?」
「……はい」
「頼むよ。私は君を失いたくない」
「こういう時はさあれかしと唱えるんでしたか」
重苦しく答えた彼の真意を確かめる術は誰にもない。
◇
C国が内戦状態に陥ったというニュースが伝わったのは、それから三日後のことだった。邪悪な魂はC国内の反政府勢力を含む非合法組織を吸収して、C国を逆に乗っ取ろうとしたのだ。
黒い炎はC国政府から支援要請を受けたが、マスターRは応じるか悩んでマスターTに相談した。
マスターTの部屋を訪れた彼女は、A・ファーレンハイトやA・セルシウスのいる前で事情を明かす。
「――というわけなんだが、どう思う?」
「どうって……受ければ良いじゃないですか」
何を迷うことがあるのかとマスターTが言うと、マスターRは困った顔をする。
「そうは言うがね……。F国でもそうだったけど、邪悪な魂は支配地域の住民に支持されてるんだよ。どこの国でも富める者と貧しい者は明確に分けられている。邪悪な魂は貧しい者たちにとっては救いでもあるんだ。それに邪悪な魂を利用しようとしてこちらの要請を蹴っておきながら、逆に利用されて今さら助けを求めるなんて虫が好すぎるとは思わないか?」
「組織としての体面の問題ですか?」
「それもある。しかし、最大の問題はやはり住民だよ。邪悪な魂は国を創ろうとしている。いや、国というのは適切ではない気がするな。はっきりとしたことは言えないが、既存の国家を破壊しようとしていることだけは分かる」
ファーレンハイトはマスターRの話を聞いて、急に不安になった。
マスターTは邪悪な魂が新しい秩序を築けるなら、それで構わないと言った。そして邪悪な魂はそのとおりに自分たちが中心となって新たな世界を創ろうとしている。もはやただの犯罪組織ではないのだ。
「邪悪な魂は組織の敵で、それを野放しにするつもりはないなら、結論は出ているでしょう」
いつになくマスターTは冷静だ。
マスターRは軽く口笛を吹いて彼を冷やかす。
「良いね、惚れちゃいそうだよ。実は心配していたんだ。君が邪悪な魂と戦うのをためらいはしないかとね。邪悪な魂はNAの遺志を継ごうとしているように見える。人類の理想を体現するのは奴らなのかもしれない。国家という枠に押しこめられた者たちを解放するのは、国家という枠を持たない者たちなのか、人類は大きな痛みと苦しみを伴う変革の時を迎えようとしているのか……」
彼女はわざとらしく大げさな表現で語り、この場の全員の反応を窺った。
マスターTは決然とした声で言う。
「奴らがそれに値するのか、私は確かめなくてはなりません」
「君が試練として立ちはだかるというのか?」
「それは違います。奴らが私を呼んだんです」
彼の声は確信に満ちていた。
マスターRは寂しげな笑みを浮かべ、小さく首を横に振ってため息をつく。
「君はだんだん遠い存在になっていくようだ」
ファーレンハイトも彼女と同じ感覚を持っていた。
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