帰ってきたマスターT 6

 マスターTは数秒の沈黙後に重々しく口を開く。


「邪悪な魂はかつてのNAに近いと博士たちは言っていた。もしかしたら彼らの創る世界の方が人類にとっては可能性に満ちた未来に繋がるのかもしれない。今の世界がそのままで変わらなかったとして、未来に何か展望があるのかと問われても、私には『ない』としか答えられない」

「連中を野放しにして良いんですか?」


 彼の言い方はまるで邪悪な魂に期待しているかのようで、ファーレンハイトはうそ寒さを覚えた。それはもう彼が邪悪な魂と戦うことを止めてしまうかもしれないという恐れに由来するものだ。


「いや、良いとは思っていない」

「邪悪な魂は超人を利用しているかもしれないという話は何だったんですか?」

「……だから、どこかで彼らの真意を確かめる必要がある。超人をどうするつもりなのか、どんな世界を目指すのか? もし邪悪な魂が世界を変えてくれるなら――それはそれで構わない。世界を動かしてきたのは、いつだって私たちではない誰かだったよ。だから自分が舵を取れないからって不安になることはない。譲れないものは誰にでもあるけれど、何もかも思いどおりにならなければ気がすまないと言うのなら、それは独裁者の考えだ」


 本当にそれで良いのかとA・ファーレンハイトは信じられない気持ちだった。マスターTは以前の彼と同一人物ではないのか、それともまだ記憶が混乱して感情が不安定になっているのかと彼女はいっそうの恐れを抱く。


「マスターT、あなたは変わりました……?」

「私は変わっていないつもりだよ。ただ、少し分かるようになったんだ」

「何が……?」

「私がが」

「私にも分かるように言ってください」

「……それは難しい。分かってしまうことはきっと不幸だ」


 納得いかない顔のファーレンハイトに、マスターTは言う。


「組織を裏切ろうというつもりはない。私は運命を受け入れた」

「あなたの運命とは?」

「ここで世界の進むべき方向を見極めることだ。いつかは君にも分かると思う」

「……分かってしまうことは不幸だと言いませんでしたか?」

「予兆を感じたら私から離れてくれ」

「そんなの分かるわけないでしょう」

「分かるさ。今の私のように」


 マスターTが記憶を取り戻せば、もっと分かり合えるようになるとファーレンハイトは期待していた。彼は秘密が多いだけで決して遠い世界の人ではないのだと。

 しかし、その期待は裏切られた。秘密は明らかになったはずなのに、マスターTはさらに遠くへ行ってしまったようだった。

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