これからの戦い 2

 マスターRの報告はさらに続く。


「G国の本部に攻め入った二人の血と涙の構成員の目的は、捕らわれた元マスターMことマックス・マクガフィンとダイス・ロールの奪回でした。本部の場所が特定された理由は推測ではありますが、ダイス・ロールが密かに救難信号を発信していたためでしょう」


 途中でマスターQが口を挟んだ。


「あえて捕虜になる作戦だったのか?」

「いいえ、その可能性は低いでしょう。それなら彼らは本部を徹底的に破壊するはずですが、そうはしませんでした。あくまで目的は奪回だったようです。マクガフィンはマスターEが処分したので回収されることはありませんでしたが、ダイス・ロールは回収されてしまいました。二人の構成員は互いをゼッドとディエティーと呼んでいました。資料2に添付された監視カメラの映像をご覧ください。鎧を着た方がゼッド、スーツを着た黄金色の髪の男がディエティーです。とくにディエティーの身体能力は常人を遥かに凌駕しており、武器も持たずに多くの戦闘員を殺傷しました。具体的な被害の様子は資料3をご覧いただければ分かります。戦闘員の大半が不在だったことは、逆に幸いだったかもしれません」


 右上に資料3と書かれた一枚の紙には、超人たちが襲撃した直後の本部の様子を撮影した写真が載っていた。

 その凄惨さにマスターQが一時離席する。マスターDと同じく本部の防衛に当たっていた彼は、その時の恐怖が心に深く刻まれているのだ。いくら戦い慣れているといっても、自ら率いる部下が全滅した絶望感を味わうのは初めてのこと。

 A・ファーレンハイトも折られた両腕と左膝がうずく感覚があった。普段は気にしていなくても心のどこかには恐れが残っている。


 数分後にマスターQが戻ってきて会議は再開される。


「ゼッドとディエティーはダイス・ロールを回収後、A・ファーレンハイトとA・ルクスを拉致して撤退しました。二人が拉致された理由は不明です。ほとんどの者があえなく倒された中で二人は果敢に戦っていたので、それが仇となったのかもしれません。その後、マスターTが血と涙の拠点であるH国のNAの研究所跡に単身突入して二人を奪還しました」


 それを聞いたマスターLが疑問を口にする。


「マスターTが一人でどうやったとか、そういう話はしてくれないのか?」


 しかし、マスターRは取り合わなかった。にべもなく切り捨てる。


「はい、しません。次の資料に移ります。マスターTによると、彼の突入で血と涙の指導者的地位にあった元マスターAことアーベルとディエティーは死亡したとのことです。それを確認することはできませんでしたが、以降血と涙は組織的な活動をしていないので、事実と認定して良いと思います。残党は邪悪な魂に合流したと見られますが、その後の活動実態は不明です。ここまでが既に報告ずみの内容です」


 彼女は質問をさせる隙も与えず、次の報告に移る。


「ここからは新しい情報です。資料5。血と涙が崩壊した後、邪悪な魂は勢力拡大を止めましたが、これは弱体化したためというよりも、強硬路線を自重したためのようです。各国政府が邪悪な魂と裏取引をしていた形跡があります。対応は各国で異なりますが、例えばA国は自国への進出は認めない代わりに敵対する国家への進出を支援しており、B国やC国では一定の権利を認めて地元の反社会勢力の掃討に協力させるなど、邪悪な魂は着実に政治方面で力をつけています。どの国でも本音では邪悪な魂を排除したいけれども、それが難しいからせめて利用するという方針のようです。一方、小国では支配を許すか徹底抗戦するかの二者択一になることが多く、大国であってもE国やF国は邪悪な魂と交渉せずに完全な排除を目指しています。各国の利害が絡み、私たちはこれまで以上に難しい立ち回りを強いられるでしょう」


 政治の話に多くの者が沈黙する中、マスターCが挙手して発言した。


「邪悪な魂はE国発祥の組織で、E国内でも強い政治力を持っていたはずだ。どういう経緯でE国は完全排除を決定したんだ?」

「そのことに関しては後述します。今後の組織の方針ですが、当面はE国やF国を中心に邪悪な魂と戦うことになるでしょう。G国での地位奪回にはこだわりませんが、早期にG国内からも邪悪な魂を排除したいところです」


 ここでマスターSが質問する。


「A国との共同作戦の話はどうなったんだ? お流れか?」


 マスターRは冷静に回答した。


「邪悪な魂との裏取引についてA国側に説明を求めましたが反応がありません。邪悪な魂を利用しようという考えはどうも軍の判断のようですが、ゆえにいっそう信用なりません。現状では共同作戦を行える機運にないと言わざるを得ません」


 国際情勢は複雑だ。今日の友が明日の敵となることも珍しくはない。

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