マスターTの正体 4

 マスターTは博士たちに騙されていたのではないかとA・ファーレンハイトは感じていた。20年前から超人計画は実は水面下で進行中で、マスターTはそれを知らなかっただけではないかと。

 当のマスターTも動揺を隠せず、深刻な面持ちで沈黙していた。


 そこに突然の来訪者が現れる。

 ノックもせずに堂々と室内に入ってきたのはマスターR。

 ファーレンハイトとマスターTは驚いた顔で固まった。


「失礼するよ」


 マスターRはドアを閉めて鍵をかけると、呆れ声で二人に忠告する。


「ダメじゃないか、こうやってしっかり鍵をかけておかないと。今みたいにいきなり誰かに入ってこられたらどうするんだ?」


 ファーレンハイトは眉をひそめて彼女に意見した。


「ノックをしてください。失礼ではありませんか!」

「そう怒らないでくれよ。事情はマスターBから聞いた。記憶喪失だって?」


 マスターBが秘密を他人に明かしたことに、ファーレンハイトは失望する。いくら彼女自身が組織に招いた人物だからといっても、そこまで信用して良いのかと。

 ファーレンハイトの敵対的な視線に、マスターRは笑いながら言った。


「安心してくれ。私は口が固いんだ」


 それでも信用できないという目のファーレンハイトに、彼女は困った顔をする。


「もう知っているものはしょうがないじゃないか」

「……何の用ですか?」

「彼の記憶を取り戻すんだろう? 私にも協力できることはないかと思ってね」


 マスターRは妖艶な目つきでマスターTに視線を移し、彼のデスクに腰かけてずいと身を乗り出す。

 マスターTは気圧されながらも問いかけた。


「あなたは誰ですか?」

「はぁ……嘆かわしい。本当に記憶喪失なんだな。恋人の顔も忘れるなんて。せめて私のことは憶えていてほしかった」

「こ、恋人……?」


 たじろぐマスターTにファーレンハイトはいらつきながら言う。


「そんなわけないでしょう。嘘ですよ。マスターRもからかわないでください」


 ところがマスターRは平然と反論する。


「A・ファーレンハイト、君は何も知らないだろう? 彼のことも私のことも」

「少なくともお二人が恋仲でなかったことは知っています。どうして嘘をつくんですか?」


 ファーレンハイトが確信を持って断言できるのは、マスターRもマスターTの過去を教えてもらっていないためだ。

 マスターRが何のためにここに来たのか、それはマスターTの記憶を取り戻すためではなく、この際に彼の過去に関する情報を集めるためだと彼女は見抜いていた。


 マスターRはわざとらしく肩を竦めると、マスターTにウィンクしてデスクから下りた。そして彼に背を向け、ファーレンハイトに手招きする。


「何ですか?」

「ちょっとナイショの話」


 ファーレンハイトは怪しみながらも彼女に近づく。

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