ゼッド 2

 マスターAはA・ファーレンハイトに三度みたび問う。


「他にも何か聞いておきたいことはあるだろうか?」

「……今は思い浮かびません。少し疲れました」


 ファーレンハイトは肉体的にも精神的にも十分に回復しておらず、少し眠気を感じはじめて思考が鈍くなっていた。彼女は冷静に自分の状態を考えて、この眠気に逆らうべきではないと結論づける。


「それは悪かった。私たちは退室しよう」


 マスターAはゼッドを誘って部屋から出ていこうとしたが、ゼッドは小さく首を横に振った。


「まだ彼女と話したいことがある」

「何だ?」

「二人だけにしてほしい」

「……分かった」


 ゼッドは室内に留まり、マスターAだけが去る。


 話とは何だろうかとファーレンハイトは緊張して構えた。心臓が高鳴り、眠気は吹き飛んでしまっている。

 マスターAの姿が見えなくなると、彼はファーレンハイトに振り向いて言った。


「あんたと0号の関係を教えてほしい」

「関係って……」


 彼女は一瞬答えに迷ったが、すぐに言いつくろった。


「あ、いや、上司と部下! 上司と部下だ!」

「部下って直属の?」

「直属というか見習いのようなもので……」


 ゼッドは満足げに、にやりと笑みを浮かべる。


「だったら、0号は来るか」

「……あなたはそのために私を?」

「あんたを連れてきたのはディエティーの指示だ。あいつに深い考えがあったとは思えない。おそらくは気まぐれさ。適当に気に入った奴を人質にしただけのこと。とんだ災難だったな」

「マスターTを誘き出して、どうするつもり?」


 ファーレンハイトの問いに彼は一つ深呼吸をして答えた。


「……アーベルは0号が全てを終わらせてくれると信じている。そしてディエティーは0号を倒すことで、この世界の新たな支配者になろうとしている。0号は分かっているのかな? 自分が世界の命運を握っているって」

「あなたはどうするの?」

「俺は……俺は別にあいつに会いたいとは思わないし、とくに用もない。見届けるだけだ」

「それでマスターTが勝ったら?」

「どうもしないさ。残った超人たちと邪悪な魂に合流する。皆が皆、死を覚悟できてるわけじゃないからな。邪悪な魂を増長させる心配はない。しょせんは短い命、放っておけば脅威ではなくなる」


 ゼッドの話を聞きながらファーレンハイトはどうにか超人たちを救えないかと考えていた。

 黒い炎が行き場のない者たちのための居場所として作られたのであれば、哀れな超人たちの身柄を引き受けて、たとえ短い時間でも安らかに暮らせるようにしてやるべきではないかと。

 その役目を邪悪な魂のような犯罪組織が担っていることが、はなはだ我慢ならなかった。


 では、どうして黒い炎ではその役目を果たせないのかというと、マスターTが超人たちの天敵という宿命を負っているためだ。

 彼女は運命の皮肉を呪った。

 マスターTは対超人の秘密兵器として組織に欠かせない人材であるがゆえに、組織は超人たちから敵視される……。

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