裏切りの理由 2
午後一時になってマスターTとA・ファーレンハイトは本部の地下四階にある監房部に向かった。
監房部へと続く階段や通路は他の施設とは繋がっておらず、そこだけ別棟で独立している。さらに不審な人物の侵入や脱獄者の逃走を許さないために、各階の階段前には見張りのエージェントが駐在する警備室がある。
マスターTとA・ファーレンハイトは監房部の責任者である上級エージェントのA・ブロックに案内されて、マスターMことマックス・マクガフィンが待機している面会室に入った。
マックス・マクガフィンとはマスターMが自ら名乗った仮名だ。
本名ではないのだが、今の彼はマスターではないから、そう呼んでほしいということだった。
◇
強化ガラスの向こうには、作業着のような囚人服を着た黒髪のスパイクヘアの男が座っている。彼がマックス・マクガフィン――マスターMだった男。
彼はマスターTとA・ファーレンハイトを険しい目つきで睨んで、A・ブロックに文句を言う。
「おい、俺の話を聞いてなかったのか? 余計な奴は連れてくるなよ」
それに対してマスターTが謝罪する。
「すみません、私がいっしょに来てほしいと頼んだんです」
「本当かよ? 誰かに監視をつけるように言われたんじゃないだろうな?」
ファーレンハイトはマクガフィンを猜疑心が強く、用心深い人物だと思った。囚われの身でありながら態度の大きい、いけ好かない奴だとも。
マスターTは必要以上に低姿勢でマクガフィンに釈明する。
「いえ、そのようなことはありません。彼女は私の部下です。ええと、頼りになる」
頼りになるとつけ加えられたファーレンハイトは、そこまで頼りにされた覚えはないのにと据わりの悪い思いをした。本心からの言葉ではなく対外的な表現、いわゆる社交辞令の一種だろうと分かっていても――いや、分かっているからこそ。
マクガフィンはマスターTを鼻で笑う。
「あんたはそいつを信頼してるわけか」
「信頼……。まあ、そうですね……」
信頼しているかと聞かれて急に歯切れの悪くなる彼を見て、ファーレンハイトは歯がゆくなる。自分で頼りになると言ったのだから、そこは信頼していると言い切ってほしいところ。
マクガフィンは当てつけがましく、これ見よがしに嫌な顔をして、聞こえよがしに舌打ちをした。
「どいつもこいつも……」
「それで私に話とは何でしょう?」
「はぁ、どうしたもんかなぁーっと……。マスターTだっけ? とりあえず座れよ。
そんで関係ない奴は出ていけ」
マクガフィンは横柄な態度で命じる。
言われるままにマスターTは強化ガラスを隔てたマクガフィンの対面に座り、A・ブロックは退室した。
自分は去るべきなのか残っていても良いのか、迷ったファーレンハイトはマスターTに判断を仰ぐ。
「マスターT、私は――」
「そこにいてくれ。マスターM、彼女がいて何か不都合があるなら、わけを話していただけませんか?」
マスターTに問われたマクガフィンは考えごとをするように目を伏せて沈黙していたが、やがて真っすぐ前を向いて答えた。
「俺はもうマスターじゃないんだが……まあ良いだろう。女、お前は後ろの壁まで下がっていろ」
事をスムーズに進めるためにファーレンハイトは素直に彼の指示に従い、マスターTからもマクガフィンからも離れて、後方の壁に背を預け両腕を組む。
「これでよろしいですか?」
「ああ十分だ」
それでようやく話をはじめられる環境が整った。
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