裏切り者 4

 小部屋の先には5mほどの短い通路があり、さらに先は広い部屋になっている。ここでもマスターEがドアを破壊したのか、入口は開放状態。

 マスターTとA・ファーレンハイトは小部屋を出て真っすぐ通路を進み、広い部屋に突入した。

 そこではマスターEと紫のローブを着た仮面の人物が対峙していた。


「裏切り者はどこだ?」

「ここまで来るとはな。投降する、攻撃しないでくれ」


 仮面の人物の声は女性のようだが、不自然にくぐもってエコーしている。

 聞き取りにくいだけでなく、いやに耳に残る加工音声だとファーレンハイトは不快に感じるも顔には表さない。


「答えられないなら、そこをどけ。さもなくば斬る」


 相手が投降すると宣言しているのにマスターEは意に介さない。彼は目の前の人物さえ見ていないようで、まだ先に進もうとしている。

 不測の事態に備えてファーレンハイトはオートマの拳銃を構えた。ここは敵地、どんな罠があるか分からない。

 仮面の人物はマスターTとファーレンハイトの登場にも余裕のある態度で言う。


「止めた方が良い、止めた方が良い。抵抗しない者を殺すのは悪いことだ」

「どけ。私の邪魔をする者は誰であろうと斬る」


 マスターEは確固たる決意をもって、彼女に向かっていく。その右手は太刀の柄に添えられている。いつでも抜刀できるぞという意思表示。

 本当に斬り殺すつもりだと思ったファーレンハイトはマスターTに問う。


「このまま黙って見ていて良いんですか?」

「……相手は何か手を隠しているに違いない。周囲に気をつけるんだ」


 マスターTの警告を意識しながらA・ファーレンハイトは数歩前進した。

 彼女はマスターEの向こうにいる仮面の人物に狙いをつけ、絶対に銃撃を避けられない距離を探る。


 仮面の人物はささやくような声で、誰に言うでもなく続ける。


「君は集合的無意識を知っているかな? あるいはテレパシー、共通認識、共感というものを」

「黙れ」

「君はこれが良くない行為だと知っているはずだ。いけないよ、いけない。止めないといけない」


 マスターEは狂気に取りつかれている。この場にいるかいないかも分からないマスターMの存在に執着して、復讐を果たそうとしているのだ。

 どうにかして彼を止めなければ、全員が危険に晒される。ファーレンハイトはそう考えてトリガーを引こうとしたが、直前でマスターTに銃身を掴まれた。


「何をしているんだ!?」

「えっ……」


 彼は銃口の向く先が、マスターEの背中だということに気づいていた。

 彼女は正気に返って自分が何をしようとしていたか理解し、その恐ろしさに青ざめる。彼女は仮面の人物を狙おうとしていたはずなのに、無意識に対象がマスターEにすり変わっていた。

 仮面の人物の声には人を惑わす力があるのだ。これもNAの技術。


「わ、私は何を……」

「精神干渉か! マスターE!!」


 マスターTは大声でマスターEに呼びかける。A・ファーレンハイトが正気を失ったように、マスターEもまた正気ではない可能性がある。

 しかし、マスターEは全く聞く耳を持たず今まさに仮面の人物に斬りかかろうとしている。


 そのまま仮面の人物は横なぎに真っ二つにされる――と思われたが、そうはならなかった。

 いつの間に現れたのか、マスターEの左側にはフードつきの黒いクロークをまとった男性が低い姿勢で立ってた。彼は腕に手甲鉤を装着しており、その鋭い爪の先はマスターEの左脇腹に深々と突き刺さっている。

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