使命を負う者 1

 前回の定例マスター会議から四か月。

 A・ファーレンハイトはマスターTとともに、本年度二度目の定例マスター会議に出席した。今回も会議に参加しているマスター候補はファーレンハイトだけで、彼女は場違い感から居心地の悪い思いをする。

 彼女の気まずさを助長するようにマスターIがマスターTに嫌味を言う。


「マスターT、ずいぶんとA・ファーレンハイトに目をかけているじゃないか」


 それに対してマスターTは静かながらも強い口調で言い返した。


「当然でしょう。むしろなぜ他の皆さんはマスター候補のエージェントを連れて来ないのですか?」


 マスターCが彼を庇うように、その後に続ける。


「マスターTの言うとおりだ。マスター候補はマスターではないからと遠慮する必要はない。誰も文句を言ったりはしないよ」


 しかし、誰も返事はしない。うんともいやとも言わない曖昧な反応で、それ以上の話は打ち切られる。


 マスターCはそう言ったものの、本当にマスター候補を会議に参加させて良いかはマスターたちの間でも見解が分かれる。まだマスターになると確定したわけではないのに、マスター同士の意見の対立や組織の重要な方針に関する情報を聞かせて、最終的な決定に不満や予断を持たせるのは良くないという考えもある。

 新しいマスターを自分の忠実な配下にしたいのなら、話は違ってくるが……。


 数秒の気持ち悪い沈黙の後、マスターBが空気を読んで小さく咳払いし開会のあいさつをした。


「えー、これより中期マスター会議を始めます。マスターR、報告を」

「はい。まず予算の話ですが、D国での任務でマスターLの重装兵器部隊が大きな打撃を受けたことから、当初予算をやや上方修正します。邪悪な魂と血と涙との戦いが本格化すれば、より大幅な修正が必要になるでしょう。ある程度の超過は容認しますが、いざ決戦という段階になって金がない物がないとならないように、くれぐれも平時の行動は慎重にお願いします」


 療養生活から復帰したばかりのマスターLは決まり悪そうにうつむく。

 彼はF国からの亡命者だ。赤毛混じりの長い金髪を後ろで束ねた、白い肌と黒い瞳の長身の男性。自らも重装備に身を包んで重装兵器部隊を指揮するが、イメージに反して体格は細身。


 マスターRは彼を一瞥したが、特に何も言うことなく続けた。


「次に邪悪な魂の動向ですが、世界中の暴力組織や犯罪組織と関係を築き、ますます力をつけています。組織こちらでもできることはしていますが、焼け石に水です。周りから切り崩すようなやり方では効果がありません。どうにか本拠地を見つけて、直接叩くしかないでしょう」


 重苦しい沈黙が場を支配する。

 邪悪な魂には小細工が通用しなくなっている。決戦には多大な犠牲を覚悟しなければならないだろうと全員が感じていた。

 マスターRは他のマスターたちの顔色を窺いつつ、さらに続ける。


「そして、これはあまり良くない情報ですが……。邪悪な魂に協力しているNAの残党にウィリアム・ビリアード、エミリー・ロナーの二名が含まれていることが確認できました」


 事情を知っているマスターたちは動揺を顔に表したが、NAの内情に詳しくない他のマスターたちは話の重大さが分からずに困惑している。

 後者を代表してマスターGがマスターRに尋ねた。


「その二人は何なんだ?」

「NAの研究を主導していた四人の博士の内二人です。つまり、NAが研究していた技術のほとんどの知識を持っている人物ということです」

「それは……まずいな」


 NAが超先進的な技術を開発していたことは全てのマスターが基礎知識として理解している。NAが解体させられてから十数年が経過した今でも、その技術を完成させた国や組織はない。

 そもそもNAの技術は多くが開発途上で、どの程度まで研究が進んでいたのか公開されていないものも多い。例えば遺伝子操作でも、超人や怪物を作れるなどということは全く知られていなかった。

 秘匿されていたものも含めて、その全てが一つの国際的な犯罪組織――邪悪な魂のものになるなど、悪夢としか言いようがない。

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