明かされない秘密 4

 マスターBの部屋を後にした二人は、マスターTの部屋に戻る。

 そこでA・ファーレンハイトはマスターTに尋ねた。


「マスターTは何をどこまで把握しているんですか?」

「マスターBしか知らないこともある。私しか知らないこともある。それだけのことだよ」

「あなたも超人……なんですか?」

「違う。私にはマスターAやA・ルクスのような力はない。しょせんはプロトタイプだ」

「どういう経緯で組織に入ったんですか?」

「マスターBに誘われたんだよ。お互いにNAの研究所で顔ぐらいは知っていたんだけど、私が超人のプロトタイプということは秘密にしていた」


 二人は話しながら席に着き、同時に小さなため息をつく。

 彼の話は整然としており、口調も落ち着いているが、それが逆にファーレンハイトにうさん臭さを感じさせた。

 ファーレンハイトは続けて問う。


「NAが潰れた理由はマスターBの語ったとおりですか?」

「大筋では私の認識と合っている。エリオン博士が死亡したために新エネルギー計画が頓挫して、さらに超人計画が各国の反感を買った」

「イリゲート計画というのは、その新エネルギー計画のことでしょうか」

「ああ、その認識で良い」

「……マスターTがA国との共同作戦に反対する理由は、NAを潰されたからですか?」

「超人計画に反対していたのはA国だけじゃない。ほとんどの国に非難された」

「それでも超人計画は続けられたんですよね? そしてNAは潰された」


 NAは決して自壊したのではない。超人計画が原因で他者の手によって解体させられたのだ。

 どうしてマスターBはそのことを隠したがったのか、それをファーレンハイトは知りたかった。


「そのとおりではあるんだけど……。マスターBの言っていたことも間違いじゃないんだ。捉え方の違いだよ。新エネルギー計画が失敗したから、超人計画が進められた。だから全ての原因は新エネルギー計画の失敗にあるとも言える」


 マスターTはマスターBを庇うような言い方をする。

 本当にそうなのかとファーレンハイトは疑った。嘘は言っていないのかもしれないが、嘘ではないだけで真実を言っていない可能性はある。

 マスターBの話でファーレンハイトは新たな事実を知ったが、それは期待していた十分なものではなかった。マスターBとマスターTは庇い合うようにお互いにとって重要な秘密を隠蔽している。そのせいでファーレンハイトはマスターTの言葉を素直に受け取れなくなっていた。

 しかし、組織に害をなす悪い企みごとをしているという意味ではない。秘密はあくまで二人の個人的なことに関係しているだけ。その点ではファーレンハイトは彼を「信じている」と言っても良いかもしれない。


「そうなんですか? それはそれとして、あのプロテクターもNAで開発されたものなんでしょうか?」

「研究所の置き土産だ」

「いつの間にか装着しているのも?」

「NAの技術のなせる業だ」

瞬間移動テレポーテーションみたいなことも、いきなり首をはねたのも?」

「ああ」

「これからはそれが敵に回るのですね……」


 ファーレンハイトは寒気のする思いだった。NAで研究を主導していた博士たちが邪悪な魂についた今、その技術をどうにか攻略しなくてはならない。

 国家レベルでの対処が必要になるのではと彼女は感じるのだが、マスターTはそう深刻に考えなくて良いと諭す。


「いや、博士たちは本気で邪悪な魂に協力する気はないようだ。全ての技術を提供することはないだろう」

「本当にそう言い切れますか?」

「凡人に博士たちの技術を理解することは困難だ。その技術を実用化するための施設だって、簡単に用意できるものじゃない。それにエリオン博士が死亡したことで、最も危険な技術の完全な再現は不可能になった」

「それ以外の技術も危険すぎます」


 全く根拠のない希望的な観測ではなかったのでファーレンハイトは納得するものの、だからといって安心できるわけではない。

 邪悪な魂が持っていた新技術――「わけの分からないもの」は、全てNAがもたらしたと見て良いだろう。黒い炎のような比較的小規模な組織がそれに対抗できるのか、はなはだ疑問だ。

 そう悲観するファーレンハイトにマスターTは告げる。


「大丈夫、黒い炎だってNAの技術を持っている。対抗できないことはない」

「……それはあなたやA・ルクスのことですか?」

「私も彼女もしょせん個でしかない。私が言っているのは、マスターBとマスターCのことだよ。あの二人は元NAの研究者だ。君たちが普段使っている装備にも、多かれ少なかれNAの技術が入っている」

「初めて知りました……」

「黒い炎がほとんどの装備を内製で揃えている理由がここにある。だから組織自体は小さくても大きな影響力を持っている。それがそのまま外部と協力できない理由でもある」


 A・ファーレンハイトは背景の複雑な事情を知って、どうして最初から話してくれなかったのかと寂しい気持ちになった。

 一方でNAの関係者だった過去を知られたくなかったマスターたちの思いも分からなくはない。

 まだ全てを明かしてもらえたわけではないが、その深刻さと重大さを考えれば、打ち明けるのに時間がかかることはしかたがないと思えるようになっていた。

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