潜入任務 2

 この時代、国は三つに分けられる。

 大国と、その衛星国と、何の後ろ盾もない小国だ。

 大国は大国同士で相互不干渉を約束しながら、衛星国を保護下に置いて限られた資源を独占する。

 衛星国は貴重な資源を大国に差し出す代わりに、後ろ盾を得ながら内政不干渉の約束を取りつける。

 それ以外の小国は見向きもされず放置される。

 どこも自国のことで精いっぱいで、人権や人道を語る者は誰もいない。


 大国は資源節約のために人口の増加を望まないから、国境を閉ざす。小国は自国の崩壊を防ぐために国民が流出しないよう、国境を閉ざす。

 どの国でも豊かな生活ができるのは一部の富裕層だけで、多くの者は電気もろくに使えない貧しい生活に耐えている。誰かの幸せが誰かの不幸せだということを、誰でも強く意識せざるを得ない。嫌な時代だ。


 かつてJ国は地下資源の豊富な国として知られていたが、それが尽きると間もなく大国から見放され、犯罪組織の格好の草刈り場となった。

 そんな国の闇カジノだから実に堂々としたもので、客こそ選ぶが入り口を隠したり外観を偽装したりはしていない。それは国の腐敗の象徴だ。法的には認められていないのに、警察の捜索を受けることもなく存在し続けている。

 表向きは現金を賭けているのではなく、暗号通貨専用のプリペイドカードを購入させて、その暗号通貨を賭けている。この暗号通貨はカジノ内でしか流通していないのだから、いわゆる「お金」ではないということになっている。外部で何かと交換されようが、それはカジノ側の関知するところではない。



 マスターRと3人のエージェントは、まだ夕日の明るさが残る午後6時にハイヤーで闇カジノへと向かった。

 一行は一見すると男性二人と女性二人の団体客。A・パスカルの左右をマスターRとA・バールが固め、背後をA・ファーレンハイトが守る。主人と取り巻きと用心棒という配置だ。

 カジノの入り口では屈強な警備員が番をして、入場者をゲート型の探知機に案内する。一行は全く武器を持たずに入場した。

 マスターRとバールはハンドバッグを持っているが、この中にも武器の類は隠していない。

 ファーレンハイトはカジノの各所にいる警備員が、銃を上着の内に隠し持っていることをしっかりと見る。いざという時の武器はこれだ。


 カジノホールでパスカルは女性を引き連れているという体で、しばらくいくつかのテーブルで賭け事が行われている様子を観察していた。

 全体的に客の入りはごった返していると言うほど多くはないものの、さりとて空いているわけでもない。まずまずと言ったところ。

 バールが小声で彼を急かす。


「どこでも良いから、早く行きなさいよ」

「まあ待って待って。せっかくだから少しは稼ぎたいじゃないか」


 パスカルはディーラーの癖やマシンの動作、監視カメラの位置を見極めようとしていた。

 その間にマスターRはカジノの係員に目をつけて話しかけに向かう。A・ファーレンハイトはついて行こうとしたが、不要だと目で制された。


「やあ、タック」

「姐さん!? お久しぶりです。しばらくお姿を見かけませんでしたが……」

「就職したんだ。タックこそ、ここで働いてるの?」

「ただのバイトですよ。それより姐さん会社勤めは嫌だって言ってたじゃないですか、どういう心境の変化で?」

「恩人に誘われてね」


 マスターRは係員とは知り合いで、お互いに馴れた様子で会話をする。


「今日は野郎のお供ですか? 遊んでいかないんで?」

「おやおや、遊んで良いのかしら?」

「いや加減してもらわないと困りますけど」

「フフ、ちょっと気になることがあってね。ここのオーナー、最近やばいのと組んだって?」


 彼女の質問に彼は困った顔をした。


「……参ったな。姐さん、サツにでもなったんですか?」

「良いから答えなよ。脅されてしかたなくか、それともすり寄ったか」

「……カマかけてます? どこのことか言ってもらって良いですか?」

「イービル――」

「あ、もう結構です。すんませんでした」


 係員は降参して白状する。


「上の話ですから俺も詳しくは知らないんですけど、話を持ちかけられた時点で無視したくてもできなかったっていうか、そんな感じだったらしいですよ。あくまで噂、本当は知りませんけど」

「ふーん……ありがとうタック、元気でね」


 マスターRは係員から離れると、三人の元に戻って言った。


「やるぞ」

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