クリスマスプレゼントの音
涼風すずらん
第1話心霊現象の始まり
ただより高い物はない。
最近の世の中は何でも『無料』と大々的に広告を打つが、ただで、なんの見返りもなく貰える物ほど怖いものはないと思う。街中で無差別に配っているポケットティッシュなら良いが、「ただであげるよ。今回だけの特別さ」なんて言われて渡された物は、後で多額のお金を請求されるのがオチだ。
物だけじゃなく、最近では情報もこれに該当すると思う。世知辛い世の中になったものだ。
僕の名前は
今からこの日記に書くのは、赤ちゃんがまだ妻のお腹の中にいた頃の話しである。当時の季節は春。少々肌寒さが残る季節に、僕は心霊現象を解決すべく奮闘していた。これはその時の記録だ。
1
念願のマイホームを建てて五日。僕は妊娠九ヶ月の妻、
夫婦の仲は良好、仕事もまあまあ順調。一般的には人生で最も幸福な時期だろう。もちろん僕も例に漏れず、幸せな日々を送っていた。
何者にもこの幸せは壊せない。そんな気持ちで過ごしていたある日、好美の妹、僕にとっては義妹である
由香から何かを送られてくるのは非常に珍しい。というのも、由香は『超』がつくほどケチだからだ。
いつだったか、由香にお金を使うことの何が気に食わないのかと尋ねたら、真っ赤な唇を尖らせて「宅配便は送料とかあるから嫌。直接渡す方がお金かからないわよ」と、吐き捨てるように言っていた。それなら着払いにすればと返したが、他人のお金が減るのも許せない、と不満気に漏らしていたのをよく覚えている。あまりにも度が過ぎているので、強烈なトラウマでもあるのかと聞いたら、気付いたらこんな性格になっていたから覚えていないと言われてしまった。
好美によると小学生の頃からお金にうるさくて、お金を使う度にグチグチと詰られ、時には財布を隠されてしまったこともあるとか。大好きな駄菓子を買うのも一苦労だったと懐かしそうに語っていた。由香の目を盗んで駄菓子を買った後は、見つかったら長々と説教垂れるという理由で、机の下や押入れに隠れて食べていたそうだ。当時はケチな由香を少しだけ恨んでいたけど、今では笑い話になっているらしい。ただ、笑い話になったのは離れて暮らしているからであって、また一緒に住むことになったら喧嘩が絶えない毎日になると思う。
そんなケチな由香からの宅配物。珍しいを通り越して奇跡なんじゃないかと思うほどだ。
怪訝そうな表情の好美と顔を見合わせて、丁寧に段ボールのガムテープを剥がすと、中から可愛らしいクマの絵がプリントされた箱と、由香の字で書かれた手紙が出てきた。耳に箱を近づけて少し揺らすと、ゴロゴロゴロとくぐもった音が聞こえる。
「なんかゴロゴロ鳴ってる」
「貸して、私も聞きたい」
箱の中身が気になるのか、好美は瞳を輝かせて箱を貸してほしいとせがんでくる。対して僕は手紙の方に興味があるので、中身を取り出すのは好美に任せることにした。
手紙は無地で、非常に安っぽい作りだ。このシンプルさは由香らしい。封を切って出てきたのは花柄の便箋。きゅっと丸まった字は間違いなく由香のものだ。さて、どういった理由で小包を送ってきたのだろうか。
『こんにちわ。突然の贈り物にびっくりしたでしょう? 中身は赤ちゃん用のガラガラよ。つまり懐妊祝いね。ケチな私が贈り物なんて明日は槍が降るんじゃないかって思うでしょうけど、実はこれ貰い物なの。私が持っていても良かったんだけど、私たちの間に赤ちゃんはいないから、好美と修さんにあげようと思ったのよね。本当は直接渡したかったんだけど、東京と北海道を行き来するにはお金がかかるじゃない? それなら郵便の方が安上がりだと思うの。そんなわけだから、赤ちゃんが生まれたら使ってね! バイバイまたね!』
由香からの手紙を読んでため息をつく。貰い物ということは、僕達は誰が使ったのか分からない中古品を押し付けられたことになる。ケチもここまでくると問題だな。
「中に入ってるのガラガラだってさ。しかも貰い物」
「そうなの? でもせっかく貰ったんだし、使った形跡がなかったら使おうよ。汚かったら捨てれば良いし」
好美のその大雑把な性格は美徳ではあるが、さすがにいくらなんでも適当すぎると思う。忘れた頃にこっそり捨ててしまおうか。バレないようにするにはどうしたら良いかな……。
捨てる算段を考えつつ、視線を再び手紙に落としてもう一度内容に目を通す。そういえば誰から貰ったのか書いていない。勝手に由香の知り合いからだと思っていたが、それなら『私の知り合いから貰った』と書くはずだ。
もしかして、見ず知らずの人から貰ったのか? いやいや、いくらなんでも知らない人から貰わないだろう。右も左も分からない子供じゃあるまいし。
「ただであげるから」って言われていたら? ……由香は喜んでもらうかもしれない。
「……僕は由香の将来が心配だよ」
「急にどうしたの?」
「この手紙に誰から貰ったか書いてなくてさ。知らない人から貰ったんじゃないかと思っちゃって」
「あー……あり得るかも」
好美は二歳の頃から由香のことを見てきたからか、僕の考えを否定しなかった。むしろ「ただ」もしくは「無料」と言われたら貰うだろうと納得している。
僕達の考えた通り、本当に知らない人から貰ったのなら、口を酸っぱくして説教しなければならない。由香は本当の妹のように可愛がっている。危ない目にはあってほしくないのだ。
それに、由香だってもう結婚したのだから、必要な時にはきちんとお金を使うということも覚えてもらいたい。ケチはあまり良い印象を与えない。悪感情を持たれて恨みを買うことになったら大変だ。
「みてみておさむくん、ガラガラ綺麗だよ」
好美が箱の中から取り出したガラガラは、確かに使った形跡が見当たらないくらい綺麗だった。新品だけど中古品、いわゆる新古品だったのだろうか。
昔からおなじみの棒状の形をしており、柔らかい布に包まれている。極めて一般的なガラガラだ。
「一回も使ってないのかな?」
「じゃあ捨てなくても良いわね。ほーら、おもちゃですよー」
好美はお腹の赤ちゃんに向かってガラガラを鳴らす。
「まだ反応しないだろう」
「えーそんなことないよ。あっ、ほら、ちょっと蹴った!」
「ホントかなぁ?」
「あー! 信じてないでしょ! ホントだもん」
プイッと顔を横に向けて拗ねた態度を見せる好美だが、そっぽを向くのはわざとだ。好美が本当に拗ねた時は無言になることを僕は知っている。
あれは僕達がお付き合いを始めたばかりの頃、僕が好美の前に付き合っていた彼女とたまたま出会った時だ。もうお互いに恋愛感情はなかったが、ちょっと楽しげに話しただけで好美は拗ねてしまった。おかげで、せっかくのデートは終始無言。考えていたプランもすべて上手くいかなかった。
あの時は好美の機嫌を直すのに苦労した。それからは、僕の方からさっさと謝って、変に拗らせないようにしている。今はわざとやっているが、いつ機嫌が急降下するか分からない。早く謝って話題を変えよう。
「ごめんごめん悪かったよ。ほら、僕は産めないからちょっと感覚が分からないんだよ」
「…………」
「というわけで、ご飯食べないか? もう外は真っ暗だよ。好美もお腹空いただろう?」
「……確かにお腹空いたわね。よし、今日も腕によりをかけて作っちゃう!」
「おお、それは楽しみだ」
ガラガラを段ボールに仕舞って寝室へと持って行く。これを使うのはまだまだ先だ。それまでは段ボールで保管しておくのが良いだろう。手紙は僕が持っていても良いが、ここは実姉の好美に管理を任せよう。いくら大雑把でも無くすことはしないはず。世にも珍しい妹からの手紙だからね。
この時はいつもの日常にプラスされたちょっと変わった出来事。三日もすれば忘れてしまうような内容だった。
それがまさか心霊現象の引き金だったなんて、誰が想像しただろうか。
好美の手料理を頬張り、見慣れたバラエティ番組をだらだらと見たら、もう就寝の時間だ。明日もまた仕事だと思うと憂鬱だが、実際に職場に行くと憂鬱さはどこかへ吹き飛んでしまう。
こんな生活が続いていくものだと思っていた。しかし、そんな幻想は、今夜、打ち砕かれる。予知夢、虫の知らせなどはまったくない。あってほしかった。
田舎は都会と違って、夜更けに出歩く人はとても少ない。耳を澄ませて聞こえてくる音は、隣で眠る好美の寝息だけだ。
ベッドの横に置いてある小さな机に手を伸ばし、愛用している腕時計を探す。手探りで見つけた時計を見て時間を確認すると、二時と表示されていた。
明日は朝から出勤だから、深夜に目を覚ましてしまうのはまずい。原因は、寝る前にたっぷり飲んだ水だろう。異様に喉が渇いていたのだ。今思うと、これが異常を知らせるサインだったのかもしれない。
もう一度寝られるかな。そういえば製造の仕事を始めてからどうも寝付きが悪くなった気がする。夜勤のせいだろうけどあまりにも眠れないから、最近では睡眠薬を飲もうかと考えてしまう。今回は水を飲みすぎたせいだけど。
トイレに行くために、のそのそとベッドから這い出る。起きたばかりだと足元がおぼつかない。ふらふらとしつつも、転ばないようにゆっくりと歩く。
何も見えない状態というのは不安だ。左手を壁に添えて、窓の隙間から差し込む僅かな月明かりだけを頼りに歩いているが、引っ越したばかりの家はまだ分からないことが多い。どこが角なのか、床に物は置いていないか、体をぶつけて痛い思いをするのは嫌だ。僕は懸命に頭を働かせながらトイレを目指した。
トイレは寝室を出て、廊下を真っすぐ歩いたところにある。日が出てる時間帯なら十秒もかからず到着するが、こうも暗いとどこかに足先をぶつけてしまうのではと考えて思うように進まないのがもどかしい。
子供の頃、夜中にトイレに起きた時に足の小指をタンスの角にぶつけた経験がある。あの悶絶するほどの痛みは忘れたくても忘れられない。
そろりそろりと歩き、やっとの思いでトイレに到着する。一分もかかっていないだろうけど、かなり長い時間歩いた気がする。
用を足した後はまた戻らなければならない。帰りのことを考えるとため息しか出てこないが、こればっかりは仕方がないと諦める。トイレで寝るわけにはいかない。そんなことをしたら好美にどやされる。
用を足して落ち着いてからトイレを出ると、さっきより暗くなっていることに気付いた。あれ、こんなに暗かっただろうか?
トイレの電気を消して、今度は右手を壁に添えて歩き始める。やけにドキドキするのはなぜだろう。
――……ぁー…………
「何だ……?」
――……ぁー……………ぁー……
やっぱり何か聞こえる。風の音だろうか。
窓から外を見る。しかし風が吹いている様子はない。
遠くに見える街灯の明かりがゆらゆらと揺らいでいる。それがなんだか不気味で、僕は思わず目を逸らしてしまった。
「早く戻ろう」
気持ちを鎮めるために呟く。そうだ、今は夜中の二時。オカルトを信じたことはないが、雰囲気が僕の恐怖心を増幅させる。僕は少しだけ歩くスピードを早めて寝室へ向かった。
――ぁー……ぁぁー……ぁー…………
寝室に戻っても変な音は聞こえる。むしろよりハッキリと聞こえるようになった。
好美には聞こえていないのだろうか。様子を見ると、規則的に動く体しか見えない。どうやらぐっすり眠っているようだ。
僕は好美を起こさないよう、静かに自分のベッドへと潜り込んだ。ここで起こしてしまったら、彼女もこの音を聞いてしまうかもしれない。
今は好美一人の体じゃない。変にストレスを与えるのはよろしくない。
耐えよう。僕一人が我慢すれば良い。僕は掛け布団を頭まで被り、両手で耳を塞いだ。ぎゅっと目を閉じて、頭の中で素数を数えたり、明日の仕事を考えたりして気を紛らわせる。
ひたすら頭の中で考えを巡らせていると、音が徐々に小さくなってきた。完全に聞こえなくなった瞬間、チュンチュンと雀の鳴き声が聞こえる。
ゆっくりと体を起こして室内を見渡す。カーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。
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