宿業の縛鎖

 宿業の縛鎖



「おいおい、ざっと三十体はいるな。どいつもこいつも、迷わずここに来てるってことか? 死体だけに、こいつは骨だな」

 死人と対峙した翔悟が渋い顔を作ってうめく。

「翔様、冗談言っている場合ではありません。恐らく、神代郁真が解き放たれた時、村の人々を殺害したのでしょう。屋敷にいた死人が神代家を恨んでいたのはそのためでしょう。急がなければ、彼らが大挙して押し寄せますよ」

 雪乃の口調が変わっていることに気がついた翔悟が、不意に剣呑な表情を浮かべる。

「……翔様、本気で行きます。制御をよろしくお願いします」

「……わかった。無理だけはするな」

 翔悟が九字を切り、己の力を雪乃に注ぎ、集中する。

 刹那、雪乃のまとう空気が変わった。

「括目せよ、死人ども。我が纏うは白虎の眷属。汝らすべて、ことごとく我が雪氷にて輪廻の理へと還さん。我は齢七百年の妖猫、白夜。生死の輪へ戻れることをありがたく思うがいい」

 その言葉とともに、雪乃が駆け出す。同時に、その懐から二振りの短刀を取り出す。

 一瞬で敵の元まで駆け寄った雪乃は、右手の短刀で死人の首を斬り裂く。淀んだ血が噴き出し、死人はよろめくが、その体が倒れることはない。間髪いれず、雪乃は左手の短刀を振るう。その瞬間、刃から巨大な氷柱が出現し、死人の首を飛ばした。

「右の桃朧で切り裂き、左の雪舞櫛の氷で止めを刺す。次は、誰の番だ」

 両の手の短刀を構えなおしながら、雪乃が笑う。その様に、普段ののんびりとした少女の面影はない。それはまさに幾多の魔と戦ってきた人間と、長きを生きてきた妖怪の合わさった、壮絶な笑みであった。

 一瞬で一人の死人が倒されたのは、いかに死者であっても脅威を感じるのか、その雪乃の笑みを見て、死人たちがわずかに後ずさる。

「来ないならば……こちらから行く」

 瞬時に、雪乃が駆けた。もっとも近くにいた死人を桃朧で一太刀の元に葬り去り、左手の雪舞櫛に集中する。

「櫛の霊力と雪の刃を以って我が前の魔を祓え! 氷の楔・連牙!」

 魔力を込めた刃を雪乃が振るうと、その目の前に十数本もの氷の槍が出現する。それらは一本一本が、それぞれ目の前の敵に狙いをつけると、まるで発射の合図を待つかのように、ぴたりと固定される。

「……行け!」

 雪乃の、鋭く冷たい声とともに、氷の槍が爆ぜた。すさまじい勢いで標的に向かって飛び、死人の首を落としていく。一瞬にして、そこはまるで氷結地獄が地上に顕現したかのようになった。

 やがて最後の氷の槍が死人の首を貫いたとき、そこにはもう、動くものの姿はなかった。

「……他愛もない」

 吐き捨てるように、雪乃が言う。普段よりも冷たい響きがその声に混じっているのは、白夜の存在が影響しているのだろうか。

「よし、ここは片付いたな。後は地上に出て、脱出路の確保だ」

 集中を解いて言う翔悟に、雪乃は無言でうなづく。

 二人が地下への通路から抜け出すと、そこにはすでに、10体ほどの死人たちが終結していた。

すぐ目の前に三体。部屋の入り口付近に四体。目の前のと、入り口の奴らの間に三体。すでにこちらには気がついているようだ。

雪乃が再び短刀を抜く。目前の三体のうちの一体ののど笛を切り裂くと、よろめく死人を前蹴りで蹴り倒す。すぐ側にいた二体が、それに巻き込まれる形でともに倒れた。

それを見た雪乃は跳躍する。巻き込まれて倒れた二体の真上で二振りの短刀を構え、そのまま落下した。短刀はそのまま、二体それぞれの眉間とのどに突き刺さった。

次の瞬間、接近してきていたらしい死人のうちの一体が、雪乃にその長いつめを振り上げていた。

ぎりぎりで気づいた雪乃は、横転してその一撃をかわす。さらに同時に右手の桃朧を横薙ぎに振るった。

「ぎああああああっ!」

 悲鳴と、倒れる音に反応した雪乃は低い姿勢のまま、倒れた死人の上を駆ける。雪乃が駆け抜けた背後では、倒れた死人からの、淀んだ血桜が咲き乱れていた。

 それを確認した雪乃の目に、他の死人たちの姿が映る。すでに彼らは、残った六体で雪乃を包囲していた。追い詰めたことを確信したのか、そのからっぽの眼窩が、どこか歪んだ笑みのようにも見える。

「……小賢しい」

 だがその状況を見ても、雪乃に焦る様子はない。ただ、わずかに、雪舞櫛を握る左手に力を込めた。

 申し合わせたかのように、六体の死人が一斉に腕を振り上げた。

 その刹那、雪乃がすさまじい速さで雪舞櫛を一閃した。

「……氷の楔・断牙!」

 雪乃の鋭い叫びとともに、雪舞櫛の軌跡をなぞるように、巨大な氷の刃が駆けた。それは六体の死人を一太刀の元に、文字通り両断した。

「……うつけめ。基礎的な戦闘能力からして違うのだ」

 穢れたものを見るような目で霧散する死人を前に、雪乃は言い放った。

 雪乃はそのまま、屋敷の外へと飛び出す。

「む……?」

 その目に、それが映った。地下牢で見た狂骨に劣らぬ、巨躯を誇る死人。珀真ほど強力な気配はないが、それに近いものを感じる。その代わり、その巨大な死人以外の気配は無くなっていた。

「フン……奴ら、個々では勝ち目は無しと踏んで、ひとつとなったか。怨のためなら自我さえも捨てるとは、まこと、愚かなことよ」

「どうした、雪……って、こっちもかよ」

 遅れて現れた翔悟が、ぼりぼりと頭を掻く。

「しょうがねえ。俺の力、全部そっちにまわす。なるべく早くケリを着けるぞ」

「……そのようなことをせずとも、こちらは余裕だ」

 翔悟の申し出に、雪乃は不満げな様子をあらわにする。

「本気でやるのは想像以上に消耗する。お前の予想よりもな。ここまでで結構、飛ばしてきてるの、俺にはお見通しなんだぜ」

「……む……」

 図星だったのか、雪乃がますます不満げな顔をして黙る。

「いいから行くぞ。こいつさえ倒せば、脱出路が開ける」

 翔悟は集中し、雪乃に向かって力を送り始めた。

「まったく……余裕だと言っておろうに。まあ、いい。その分……たまには派手にやってやろうではないか!」

 雪乃が、死人に向かって駆け出す。

「……派手に暴れるのは、あっちの紅いのだけで十分だぜ……」

 その背を見て、翔悟はひそかにため息をついた。


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