宙に舞うピックは君を想う

ペグ

第1話

 今俺はとても立派なライブハウスにいる。


 といっても教室を借りて、中にアンプを入れ。机をバリケード代わりにした小さなライブハウスだ。


 照明も二台しかないし、窓にはスプレーで黒くしたダンボールがはっていて微妙に太陽の光が漏れてくる。


 周りの人は手抜きとかいうかもしれないが……俺にとっては立派で最高のライブハウスだ。


「田中……やっぱりあいつらうまいよな」


「まぁ中学からやってるだけはあるよな」


 俺は黒のストラトキャスターとエフェクターボードを両脇において出番を待っていた。


 今ライブハウスは冷房をつけているとは思えない程の熱気に包まれていた。


『三年間、ありがとうございました!』


 ”ワァァァァ!!”


 どうやら演奏が……終わったようだ。


「おつかれ」


 俺らは前の演奏者が帰ってくる通路で待機しているので前の演奏者と少し話せるのだ。


「おう……久しぶりだとめっちゃ疲れるわー」


 俺は”元”副部長のボーカルこと駒村とハイタッチをする。


「後はまかせるよ」


「がんばれよ」


 次々と演奏者が帰ってくる。そしてハイタッチをした後。


 一言、言葉を残して観客席に戻っていく。


「後は任せろ!」


 バンドメンバーのドラムこと川谷が観客席に戻っていく”元”部員たちに聞こえるように大きな声で宣言する。


「おっし! じゃあ行くか!」


 川谷が手を重ねるように手を出す。


「相変わらず飽きないね」


 ボーカルの村本が手をのせる。


「こういうのって青春ぽくてよくね?」


 ベースの芳野も手を重ねる。


「すっかりルーティンになったよな」


 俺も手を重ねた。


「おーし……いくぞっ!」


「「「「アイ!」」」」


 俺たちはいつものルーティンをした後……卒業ライブのステージに入っていった。




「キャー、村本センパーイ!」


 俺はステージに入るとまずギターとエフェクターをアンプにつなげる。


 ちなみに毎度のことながらボーカルの女子人気がすごい。……まぁイケメンだし、それにいつものことだ。


『あーあー、もういける?』


「いいよ」


「おっけい!」


「いけるぜ」


『OK……どーも”アカベコ”です!』


 ……ちなみにバンド名は俺がつけた。結構ヘッドバンキングをするパフォーマンスがあるからだ。


 なかなかいいと思うんだけど当時……てかいまだに納得してないやつもいるけど。


 ”ワアアアア!!”


 会場の熱が一気に上がる。


 それもそのはずだ。だって俺たちのバンドがライブのトリだからだし。


 なにより……俺たち三年の最後のライブだからな。


『いくぞ! 一曲目!』


 俺たちは曲名を言わずに始める。今までそうしてきたのだが……特に深い意味はない。


 出だしは俺、ギターから始まる。


 最初はゆっくりなのだが、いきなり曲調が変わるのが特徴的な曲だ。








 俺は最初、エレキギターなどやる気はなかった。本当はアコースティックをやろうとおもっていたのだが……同じクラスになった村本に誘われて今ではバリバリのロックを弾くようになっている。


 まぁ断れない性格だからいやいやでも続けたっていうのもあるけど。


 だけど俺が辞めなかった理由はそれだけではない。


 同じ部活に……初恋と呼べる人がいたからだ。


 ちなみに俺たちの代は六十人が入部したはずなのだが……三年まで生き残ったやつは俺を含めて八人しかいなかった。


 ちなみに男女比は七対一だ。


 そんな同期がどんどんやめていく中、小春さんだけはアコースティックギターの弾き語り一本でずっと残り続けたのだ。


 俺が一年の時に同じ芸当ができるかと考えたが……多分無理だろう。


 彼女は一人でやっていける程の実力があったからだ。


 歌もミュージシャン顔負けだしアコースティックギターもとてもうまかった。









『お前ら! もっと行けるだろ!』


 最初のサビが終わる。


 会場は今までに無いぐらいの盛り上がりを見せる。


 それでも村本は観客を煽るのをやめない。


 観客も煽りに答えるようにさらに盛り上がる。


 そして二番のAメロに入る。








 俺たち文化部は引退が遅く十月になる。


 俺と川谷は推薦系で一般性とは違い、長く部活に入っていた方が有利なので十月の引退まで所属しているが一般で大学を決める奴らはそうはいかなかった。


 そのため、俺はただの会計係だったのが会計兼副部長と長い肩書を背負うことになってしまった。


 そのため文化祭の前にミニライブという校内の生徒だけでおこなわれるライブが四月にあるのだ。


 俺はこの時……ライブ終わりに告白をしようと心に決めたのだ。







『サビ前だぞ! そんなんでいいのか!』


 サビに入る前のギターソロ。


 村本……せっかく俺が目立つところなんだから……煽るのはいいけどかぶせるなよ。


 俺はなんだか悔しかったので机でできたバリケードの上に立ってギターソロを弾いた。


 ”ワアアアアアア!!!!”


 俺はギターの技術よりパフォーマンス力を上げてるからな。……本当はやっちゃだめだけど。


「田中先輩ー! サイコー!」


 曲はさらに激しくなる二回目のサビに入る。













『ありがとうございましたー!』


 ミニライブが終わった。


 ちなみに俺たちのバンドはドラムの部長権限から毎回トリになっている。


 俺はライブが終わった直後、パフォーマンスとしていつもピックを投げる。


 いつも遠くに投げようとするのだが……うまくいかずにいつも前列に落下する。


 小春さんはいつも前列ではなく後列の方にいるのでピックを届けたくても届かないのだ。


 ライブは学校の教室を借りているので終わったらすぐに後かたずけをしてすぐに下校をするのだ。


 寄り道など禁止だが部員は打ち上げに行くみたいだ。


 俺は小春さんがどうするのかと聞き耳を立てていた。


 どうやら打ち上げにはいかないようなので俺も渋々断った。


 帰り道、俺は小春さんと一緒に帰っていた。


 帰りの駅は同じだ。ただ向かう方面が違うので同じ電車に乗ることはないが。


「今日も”アカベコ”は盛り上がったね」


「ほんと? でもそっちの弾き語りの方がよかったよ」


 いつもの帰り道のようにお互いの出来をほめあう。


 今日こそは、と思いながらも中々タイミングが切り出せずにいる。


「これで……私も引退かぁ」


「そうだね……さみしくなるよ」


 お互いの雰囲気が少ししんみりとしてきた。


 そして会話が止まった。


 これはチャンスじゃないか。……よし、俺も男だしな。


「あのさ……」


『二番線の電車が参ります。 黄色い線の内側にお下がりください』


「ん? どうしたの?」


 なんてタイミングの悪い。


「ええっと……」


 ホームに電車がきてしまった。


「…………受験……がんばってね」


「ありがとう、じゃあ……次は卒業ライブでね」

 

 そう言って小春さんは電車に乗ってしまった。


 電車のドアが閉まり……小春さんを連れて遠くに行ってしまった。












 二回目のサビが終わる。


 そして次は三回目の短いサビが始まる。


『ラストだ! 上げていくぞ!』














 俺と川谷は無事に推薦が受かり、安心した気持ちで最後の文化祭に臨めた。


 ちなみに一般生は文化祭でライブどころかそもそも来ない。


「なぁ、最後のライブなんだけどさ」


「どうするか……ギターとドラムってきびいな」


「アコギなんてどうだ? 川谷はカホンでさ」


 俺はちょっと最後にアコースティックギターでやってみたかった。


 小春さんの真似事ではないが……どれだけ大変なのかやってみたかった。


「まぁそれしかないか」


 川谷は渋々といった感じでアコースティックをやることになった。


 俺たちはアコースティック……ましては初めてやるのでトリではなく最初の方にした。


 ちなみに俺に歌のセンスはなかったみたいで見事に失敗……というかちょっとしたギャグのようになってしまった。


 やってみて思ったが……小春さんってすごいと改めて感じることができた。


 ちなみに来てくれるかと期待したのだが……まぁ忙しいのだろう。













 最後のサビが終わる。


 ちなみに今日、小春さんを見ていない。ライブにも出ていなかったし、今日はいないのかもしれない。



 受験の結果を聞こうにもクラスが違うし、


それに結果なんて聞きになどいけなかった。


それでも俺はもしかしたら聞きに来ているんじゃないかという期待があった。


だから机でできたバリケードの上から小春さんの姿を探していた。


『おまえら! サイコーだ!』


 村本がそういい終えて一曲目が終わる。


 俺は曲が終わるのと同時にピックを投げた。


 するといつもは前列に落ちるのに今回だけは後列の遠くまで飛んで行った。




 そしてそのピックは…………

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