第四話 色欲が大罪でも、ゴモリーは受け止めてる(後半・二)

「俺にお前をゆるす理由が有るなら、お前自身がそれを語ってみせろ。それが道理だろうが」


 アラヤはどうあれ、サクスに言葉を紡ぐ機会は与えてやった。


 リョーコは今の彼を見て、こんな事を思っていた。


 ――あぁアラヤ様、なんて懐が深いの……。深過ぎて、私には見えませぇーん!!


 リョーコには、アラヤの思惑を掴み切れなどはしない。


 しかしだからこそ彼女は彼に心酔し、『無茶苦茶にされたい!』という風に思うのだ。


 ……サクスはアラヤから機会を受け、途切れがちにでも、自分の言葉でこう答えていく。


「『魔が差す』という言葉は、人間が悪魔になんらかの影響を与えられ、心を動かされる、というような意味ですが……悪魔はそれ程に昔から、人間とは切っても切れない存在、でした……」


 彼女の言葉は今の状況とは関係無い――などとは言えないものだ。


「それが五年前に、ここまでお互いが近しくなってしまい……。ニホンに現れた悪魔はそれぞれ己の身の振り方を決めて、わ、私は一人で、掬火を集めるという選択をしたんです……。掬火は私にも、必要なものでしたから……」


「……まあ、そうだろうな」


 アラヤは、多くの悪魔が何故掬火を欲するのかを知っている。


「人間の、一般的な倫理観であれば、悪魔に同族を襲われた事に怒り、許さないという心を抱くのでしょうが……。しかし、その人間だけの言い分で悪魔という種族の意思、考え方を、し、縛り付けようとするのは、人間の方にもその精神と魂に、相応の呪いが掛かるというものです……」


 アラヤは冷静に、落ち着いて、サクスの話を聞く。


 そうしながら、サクスとの価値観の違いを明るみにし、自分のそれと擦り合わせていく。


 これはわば、人間と悪魔という異なる種族の交渉だ。


 だからその言葉の内容には一言一句重みが存在し、その重さを正確に計らねばならない。


 軽んじず、流されず。


 ……アラヤはここで、短くこう告げる。


「成程、有り得る事だな」


 人間同士のやり取りでも、相手の精神と魂の領分にまで入り込み踏みにじるような真似をすれば、やがて自分もなんらかの形で、それらに変調をたすものだ。


 異種族相手ならば尚更そうなる可能性は有る。


 目の前のサクスは今、震えながらも自分自身の事を、彼女にとっての異種族である自分に曝け出している。


 その彼女の一個としての個性パーソナリティーまでもを無下にし踏みにじれば、彼女は例え死んでも全霊を掛けて、こちらの精神と魂に怨嗟の念をぶつけてくるに違いない。


「わ、私の事が許せなければ、ただ純粋に、こ、殺して下さい……それならば、敵として、仕方の無い事と受け容れましょう……。でも、私の心までもを力でねじ伏せるのだけは、どうか為さらないで……」


 サクスはずっと潤んだ眼で、真剣に話をしていた。


 そしてここまでずっと動じずに聞いてくれているアラヤに対し、その事への敬意と、微かな熱情を心に抱いていく。


 サクスの抱いた思いはあくまでサクスという一人の悪魔のものではあったが――ここまでの話をした上で、ようやく異種族の交渉というものは先へと進むのである。


「私は、自分の事をここまで語りました。貴方がそれらを聞き入れ、その上で私を生かして下さるなら、わ、私は必ずや、貴方にその恩を返してみせます……」


「……ほう。それは俺と悪魔との戦いに、同じ悪魔で在りながら手を貸すっていう事か?」


 アラヤの問いに、サクスはゆっくりと頷く。


「はい。私は悪魔ですが、他の悪魔の事が正直好きではありませんので、そこにはなんの問題も有りません……」


「お前の魔力で俺にどんな助けが出来る?」


「私は相手の視覚聴覚を攻撃するだけでなく、逆に自身のそれを強化する事が出来る――その能力なら悪魔、或いはそれ以外の敵に対しても監視役や偵察役をこなせます」


「……俺に付いたら、もう好き勝手に掬火を集める事は出来なくなるぞ?」


「か、構いません。貴方の傍で、貴方の灼熱のような掬火を感じていられるならば、それは寧ろ他のどんな人間の掬火を得るよりも、甘いひと時になるというもの。……そこのゴモリーもきっと、そんなクチなのでしょう? ふ、ふふ……」


 サクスはそう言って笑いながら、媚びと煽りが混在したような表情をゴモリーへと向ける。


 ゴモリーはそんなサクスに、瞳を怪しく光らせながら、微かに笑みを浮かべた。


「その顔、嫌いじゃないわよサクス。貴女のその私への強がり……私は受け止めてあげる」


 ゴモリーの言葉は本心だ。


 サクスを馬鹿にはせず、侮らず、しかしそうした上で自分は勝ち切れるという絶対の自信を――サクスの意地に報いる為に、隠さないのである。


「ふ、ふふ。有難う、ゴモリー……」


 サクスは彼女の眼の強い光に畏怖し表情を引きつらせたが、それでも、自分も笑う事だけは決してやめなかった。


『一寸の虫にも五分の魂』とは――小さな者や弱い者でも、そうでない者に負けない程の意地を心の奥底では秘めている――というような意味の言葉である。


 今のサクスは、正しくそれで在ったのだ。


 ――終局へ続く――

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