第三話 俺専用リョーコ(前半・二)

「気の無い返事ね。貴方のその傷の事を考慮して私は進言しているのだけれど……」


 ゴモリーが軽い溜め息を吐くが、やはりアラヤに自分の意見をはっきり押したりはしない。


 こういった時に、ハーゲンティが居るのは悪くない事である。


 修行期間の中でゴモリーをしてもアラヤをその気にさせられなかった場合は、ハーゲンティを始め他の協力者悪魔が、彼女の助け舟を出して寄こしていたものであったからだ。


「アラヤよ、貴様はあのアスモデウスの力を受け継いでいるのだろうが。我ら悪魔の中でも屈指の存在であった奴の力を以てすれば、例えどのような相手であろうと遅れは取るまい」


 挑発的なようでその実は、相手のプライドを真っ向から尊重した上で刺激するこの言葉。


 これは気難しくも知的で、その上朴念仁な彼から出るからこそ、アラヤにとって効く言葉であった。


「……分かったよ」


 ややあって、アラヤがそういう返事を寄こした。


 憮然ぶぜんとした表情だったがその眼はもうギラつき始めている事を、ハーゲンティは理解している。


「うむ、その意気だ」


 だから彼は短い言葉ではあるがアラヤの戦意をたたえて、口元を緩ませるのだ。


「それならそれで、俺が今狙うべき相手は誰だ? ネットに何か情報が出てるんだろう、ゴモリー?」


「……これを見て、場所と人間が受けている被害の内容は載っているから。幸いここから近いし、私も放っておく気が無かった相手なのよ」


 やる気を出したアラヤに、ゴモリーは妖しくも艶やかに微笑んでから、自分の携帯端末を彼に差し出した。


「……成程、これは間接的だな」


「悪魔サクスと云うわ。人間はまだこの女の存在自体は知らないけれどね」


 ※


 綿津見ワダツミ玲子リョーコは、街の中でも滅多に人が寄り付かないとある区画へと向かっている最中だった。


 彼女の格好は周囲の民衆の目を引くものだが、しかし彼女自身はまるで気にしていない。


 膝上丈の黒いフリルスカート、その下に白い多重フリルの――パニエというアンダースカートを履き、脚は黒のニーソックスで絶対領域を演出している。


 トップスは純白のブラウスシャツ、しかし左右の袖にアクセントとしてX字状の黒い飾り紐が前後二つずつ付き、襟部分の装飾は特に華美で、首を覆うフリルとその下に胸元まで広がるスカーフに似たジャボというパーツがこれも二重に付いている。


 そしてその純白なブラウスシャツの胸部分までを、黒い光沢掛かったビスチェで締め付けている。


 ――今度こそあの御方、アラヤ様の黒に染まる……白の上に黒を被せるコーディネートは、彼女のその想いの具現化であった。


 しかしその事を、リョーコは誰にも語らず自分の胸に秘め続けている。


 これは彼アラヤの為の、アラヤという男の為だけの格好。


 だからこれだけ全身着飾っていても、リョーコは顔周りと頭には何一つ飾りを付けない。


「ネットじゃこの辺りを、昨日謎の黒い影が走ってったって書いてたけど……」


 昨日の夕方食い入るようにして見た、あの悪魔レライエの襲撃動画。


 その最後の方で確かにあの赤い髪の女が、蠢く黒い影となって自分の想い人を連れ去っていたのをリョーコは確認している。


 影は最終的には、その人が寄らない区域へと向かったらしいのだ。


 だから彼女は、そこを目指す。


 目の前の交差点を渡れば、目的の区域までもう少し。


 しかしリョーコには他に気になる事も有った。


「悪魔って基本的に神出鬼没だけど、中には街の何処かにこっそり根城を構えてるようなヤツも居るんだよね……。でもって、この辺も怪しいんだよなぁー……」


 彼女は独りそう言って肩を落とす。 


 ネットの書き込みに上がっている情報には、彼女が探す蠢く黒い影の事以外にも、ここいらで悪魔の仕業と噂される出来事について書かれているものが有ったのである。


「ん……。あれ……!?」


 突如、リョーコの視界がぼやけた。


 そのまま、直に殆ど何も見えない状態にまで陥ってしまう。


 ――これって、もしかして噂の悪魔の仕業!?


 目に映るもの全てが灰色で、それが砂嵐のように乱れている。


 このままここに止まっていては、情報に有った悪魔に襲われてしまう! ――そんな思いが、リョーコの心を焦らせていく。


 ――とにかくここを離れないと!


 急いで前へと駆け出す。


 ここいらでは時折、通行人が自動車やバイクと接触する事故が起こっていた。


 しかしその事故には共通点が有る。それは被害者である通行人が皆、自分から車道に飛び出していたというものだったのだ。


 ……リョーコは眼が見えなくなった焦りから、視覚の次に聴覚までも奪われていた事に、気が付けていなかった。


 だから歩行者信号が赤に変わっていた事も、車道の走行音も、彼女には…………。


「――ハッ!!」


 ――えっ!? この声……。


 その青年の声だけがやたら鮮明に聴こえた事に、リョーコの精神が無性に振るえた。


 ――ッ!!


 突然激しい衝突、その余波を受けて……そこで彼女の視覚と聴覚が復活した。


「……は、はへっ!?」


 自分の真横で、半年間ずっと逢いたいと思い続けていたあの青年アラヤが……黒い影を身に纏いながら、自分とぶつかってしまう筈だった自動車を、その左手一本で止めていたのである。


「はっ、はひゅっ!?」


 その余りに衝撃的過ぎる再会に、リョーコは全力で奇声を上げるのがやっとであった。


 ――後半へ続く――

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