第20話 閑話休題
クロムシティ南東、採掘場から程近い空き地に二人はいた。
目の前にある山のように積み重なった大量の木材を眺めるサンジュウシは数を数えるように指を向けている。
「……これで二倍か。まずは設計しないとな」背嚢からノートとペンを取り出すと考えるように顎に手を置いた。「まぁ、形は普通のウッドハウスで良いとして、一階はリビングとキッチン、風呂場とトイレ。二階にはそれぞれの部屋を造るとして――」
「え、イミルの部屋も?」
「イミルの部屋も」言いながら設計図を描き続ける。「とはいえ、二部屋ってのもな……四つくらい造っておくか」
「じゃあイミルたちの他に二人も同居人を増やせるね」
「まぁ、そうならないことを祈っておこう」描いた設計図を頭に入れたサンジュウシはノートとペンを仕舞うと、木材のほうに向かって歩き出した。「じゃあ、造り始めるか」
「何すればいい?」
「まずは支柱を立てる。十三か所に穴を開けたいんだが出来るか?」
「できる。掘る」
サンジュウシが地面に印を付けると、イミルは両手に持った小さなスコップで穴を掘り始めた。他の十二か所にも同様に印を付けながらサンジュウシは自ら使えるスキルを頭の中で探し続けている。
「……ああ、たしか遠投のスキルがあったな」
スキル・遠投――片手、もしくは両手で持って投げられる物に限り狙った場所に命中させられる。ゲーム内での使い道と言えば、隠れたところからモンスターに石を投げて気を逸らさせたり、ちょっとした遊びに使うくらいだがサンジュウシには一緒に遊ぶ相手がいなかった。
「とはいえ、問題は穴を掘らずに刺さるかどうか、だな」サンジュウシは印のつけた地面に狙いを定めて、軽々と持ち上げた木材を空高く放り投げた。「おっ――と」
木材が刺さったのと同時に地面が揺れた。
「え……イミル、穴掘る意味なかった?」
「みたいだな。俺の確認不足だ。まさか、こんなに上手くいくとは思っていなくてな」
「じゃあ、やることないね」
「あ~……それなら買い出しを頼む」再び取り出したノートにメモを書くとページを千切った。「これを。たぶん雑貨屋で全部揃うだろ」
「わかった。雑貨屋ね」
そう言って去っていくイミルを見送ったサンジュウシは自分の掌を見て小さく溜め息を吐いた。
「まぁ、今のうちにやっちまうか」呟いて、残りの十二本を地面に突き立てると家の形が造られた。「さて……釘は使わない予定だから用意すらしていないんだが――ここからが面倒だな」
俗にいう相欠き継ぎという技術だ。木材に凹凸を作り、嵌まるように組み立てる。昔からある技法だが、家一軒を建てるとなれば相当な計算と細かな作業が必要になる。しかし、幸いにもサンジュウシは様々なことを同時進行で考えられる脳を持っている。
「作業は面倒だが、まさかここでアクセサリー作りの技術が役に立つとはな」
木材を前にハンマーとノミを取り出したサンジュウシは頭の中で計算しつつ、凹凸を作っていく。
立てた支柱に対して横向きに木材を嵌めて一段、二段、三段と重ねていくと家の外郭が見えてきた。
そこにイミルが帰ってくると、思わぬほどに進んでいた作業を見て驚き、サンジュウシの背中に飛び付いた。
「すごい! 作業早い!」
「早いっつーか、そっちは遅かったな」
「ちょっと寄り道してた」そう言って手に持った袋を差し出した。「おやつ!」
イミルが広げた袋にサンジュウシが手を突っ込むと、中から饅頭を取り出した。
「ああ、なんだっけ? 鉱石饅頭?」
「そう。一回食べてみたくて」
クロムシティ名物・鉱石饅頭。鉱石と名が付いているものの、これといってその要素が入っているわけでもなく。丸く大きな饅頭を街の名物にしようと名付けたものである。要はこし餡の蒸し饅頭だ。
「うん」饅頭を銜えながらもサンジュウシは木材を削る作業の手を止めない。「――美味いな」
「やった~」
随分とサンジュウシに慣れてきた様子のイミルは措いといて。
着々と作業は進んでいく。
作業を開始したのが昼頃で、日が暮れてきた辺りで一階の外壁が出来上がり、今は床板をはめ込んでいる。
「っ……あ~腰が痛ぇ」中腰の姿勢のまま作業をしていたせいか体を起こした瞬間に大きく腰骨の音が鳴った。「つーか、腰とかも痛くなるんだな……」
ゲームの中なのに、と。考えながらも床を嵌めているわけだが、風呂場とキッチンの場所は開けて作業を続けていく。
「サンさ~ん。ドア作ってみた! どう?」
ドアには蝶番などが必要で買い出しを頼んだわけだが、暇を持て余したイミルに作業手順を書いたメモを渡して任せてみれば、見事なドアが完成していた。
「おお、良い出来だな」確かめるようにドアの継ぎ目に触れたサンジュウシが頷くと、気が付いたように空を見上げた。「もう夜か。今日は一旦終いだな」
「じゃあ、今日は『龍のうろこ』?」
「だな。饅頭は食ったけど夕飯も食ってないしな。戻ろう」
宿へと戻る帰り道――イミルは慣れない作業に疲れたのか眠そうに目を擦っている。そんな姿を見たサンジュウシが仕方ないように背中を差し出せば、嬉しそうに乗ってきた。
現状では何一つとして苦労なく大工作業を熟している。そして、これといった問題が起きそうもないことに気が付いているサンジュウシはある思いを浮かべていた。
――ああ、これは箸休めだな――と。
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