第19話 三家三様
クロムシティ中心街の北側にある不動産屋『鋼鉄の羽売り』。もぐりの土地売りなどを除けば街唯一の不動産屋で必然的にサンジュウシとイミルもここを訪れている。
「一軒家? 大きさにもよるが買うなら二百万から三百万ってところだな。払えるか?」
「大丈夫だ。いくつか見繕ってもらえるか?」
「いくつかって言ってもうちで扱っている空き家は三つだな。住所と鍵を渡すから好きに見て回ってくれ。気に入ったところがあればどれかを。無いなら諦めるか……倍額くらい出せるなら建てたほうが早いだろう。そうなったときには言ってくれ。良い土地を斡旋する」
「助かる」
受け取った地図と鍵を手に、サンジュウシとイミルは街中を歩く。
一軒目は東側の宿場街にある縦長三階建ての家が連なるうちの一つ。
一階にはトイレや風呂、あとは武器や防具を置いておくための倉庫があり、二階にはキッチンがあるリビングダイニングで、三階は寝室になっている。それぞれワンルームのような間取りで、いわゆるメゾネットのような形だ。
「部屋数で言えば二部屋だが、広さは申し分ないな」
「でも、隣の家近くない? 窓開けたら隣すぐ壁だけど」
「まぁ、由々しき問題ってわけでもないが……たしかに窓が開けられないのは息が詰まるな」どころか、サンプルで付けられているカーテンを開けただけで隣の家の壁が見える。「値段は二百五十万。ここが基準とした上で保留にしておくか」
どうやらイミルは気に入っていないようだが、サンジュウシは冷静に判断して外に出た。
二軒目は西側のハンター街にあるダンジョンのすぐ近くに佇む大きな屋敷。
その外観から付けられた名前は幽霊屋敷――昼間だというのに、その屋敷の周りだけ薄暗い印象を与えることからそう呼ばれている。だが、間取りは素晴らしい。一階には大食堂があるだけでなく、当然のようにキッチンも広く、それに加え十人が入っても余るほどの温泉風呂がある。書斎用の部屋なども含めれば部屋数は全部で七つも有り、二人で住むには十分過ぎるほどだった。の、だが。
「いや、ここは無しだろ」
屋敷の廊下を進みながら呟くサンジュウシに対して、イミルは疑問符を浮かべる。
「どうして? 三百万でこの広さはお買い得じゃない?」
「かもな。だが、その安さには理由があるってことだ」身震いをしたサンジュウシが不意に振り返ると黒い影が横切ったように見えた。「……幽霊屋敷って呼ばれるのも伊達じゃないってことだ。誰か死んでるんじゃないか?」
サンジュウシの読みは間違っていない。それはこの屋敷がダンジョンに程近い場所に建てられていることが原因で極稀にモンスターの襲撃に遭うため――事実、人が死んでいるのだ。
「じゃあ、無し?」
「無しだ」
決断した二人はそそくさと屋敷を後にした。
最後の三軒目は南側の職人街にある庭付きの一戸建て。庭付き、ではあるが。
「さすがというかなんというか……」
「汚いね」
場所が農場から離れているスラム街の中のせいか、庭はまるでゴミ捨て場のように様々なゴミが溜まっている。
「まぁ、一応家の中を確認するか」
気乗りしない足取りで一軒家の中に足を踏み入れた。
間取りや雰囲気はここが最も日本にある一軒家に近く、風呂場にトイレ、キッチンの向こうにはリビングがあり、その先は畳の和室があった。二階にも部屋は三つあるが――問題が一つ――いや、それ以上にあった。
「ねぇ、サンさん。ここは……無しじゃないかな?」
「ああ。実は今、俺も同じことを思っていたところだ」
スラム街故か、家の中の壁には至る所に落書きをされており、真新しいゴミまで置かれている。つまり、鍵を持っていなくても自由に出入りできてしまう家だということだ。鍵を変えれば済む話かもしれないが、何よりも治安が悪いことの証明が目の前にあっては溜め息も出る。
「安いんだけどねー……」
「百五十万だとしてもこの状況からすれば高いだろ」比較的絡んでくる輩が少ない大通りを歩きながらサンジュウシは住所の書かれているメモに視線を落とした。「結局、一軒目以外は候補にも入らなかったわけだが……新しく家を建てたほうが良さそうだな」
その言葉に何度も大きく頷くイミルを見たサンジュウシは、諦めたように笑って息を吐いた。
何事もなく不動産屋『鋼鉄の羽売り』に戻ってきた二人が店主に結論を伝えると、むしろ嬉しそうに身を乗り出してきた。
「それは残念だったな。だが、約束通り土地も探しておいたぞ。オススメは二つ。南東にある採掘場の近くと、ハンター街にあるギルドの真裏だ」
「広さは?」
「どちらも同じくらいだな。そこそこの大きさの家を建てても庭が残るくらいだ」
「なるほど」俯いたサンジュウシの頭の中には二つの場所が浮かんでいる。街中を散歩したおかげでどこの土地なのか瞬時に思い出せたのだ。「どっちも治安は悪くない。まぁ、ギルドに近いほうが多少うるさくはあるが」
「南東は大丈夫なの? 職人街でしょ?」
「職人街でも農場寄りのほうだからな。むしろのどかなほうだ」
だとするのならば、家を建てる作業のし易さやサンジュウシの思いを鑑みれば、すでに答えは出ているようなものだ。
イミルのほうに視線を向ければ、言いたいことがわかったのか笑顔で頷いて見せた。
「じゃあ――南東のほうを頼む」
「はいよ。契約と、代金は今で良いのか?」
「構わない。いくらだ?」
「本来なら土地代三百八十万に諸々合わせて四百万を超えるんだが……三百五十万に負けよう!」
唐突な申し出にサンジュウシは怪訝な顔を見せた。
「そりゃ有り難いが、何を要求するつもりだ?」
理由の無い善意には裏があると考えるのがゲームの鉄則だ。大抵はその善意を受けた後に断れないお願い事をされる。
「要求ってわけじゃないが、家を建てるんだろ? その材料調達をうちと契約している業者にしてもらえないかと思ってな」
「そんなことか。むしろ助かるくらいだ。早速だがその業者に伝えてくれ。木造二階建ての家を建てるための材料を……そうだな。倍の数、用意してくれ」
「倍? そんなにいるのか?」
「念のためだ。金はあとでその業者に払えばいいんだろ?」
「ああ、そうしてくれ」サンジュウシに言われたことを走り書きする店主は気が付いたように顔を上げた。「大工の当てはあるのか? 一応は、うちでも手配できるが」
「いや、必要ない。俺が造る」
「造るって、あんた大工だったのか?」
驚いたような顔で問い掛けてくる店主に対して、サンジュウシは片眉を上げて口角を上げた。
「いや? ただのゲーマーだよ」
その言葉に疑問符を浮かべた店主がイミルに視線を向けるが、同じように疑問符を浮かべて首を傾げる姿を見て、より疑問が増えた。
しかし、一縷の不安も感じていないようなサンジュウシは土地代を支払うとイミルの頭を一撫でして、二人一緒に不動産屋を後にした。
サンジュウシにとっては、なんでもゲームが基準なのだ。大工ではないが、家を建てるゲームはやったことがある。つまり、家の構造や必要な組み立て方法も知っている。その上で、今の体には力があるし、体力もある。何よりも思った通りに動くのだ。
楽しみが顔に出るのも、仕方が無い。
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