冒険者ギルド序列二位の剣士

ぶるすぷ

俺は魔法が大好きなんだ

 俺は剣が大好きだ。


 子供の頃から毎日、剣の鍛錬を続けてきた。その腕は相当なものだと思う。

 十三歳で冒険者ギルドに入り、剣一本で魔獣も悪党も盗賊も、全部倒してきた。

 一年に四回行われる、冒険者ギルドの序列大会というものにも参加し、他の冒険者を倒して、倒して、倒しまくった。

 そして十四歳で、冒険者ギルド序列第一位になった。

 歴代最年少。剣の天才だと言われた。

 俺の一位は揺るがない。そう思っていた。けど……。


 ある日、ギルドに少女がやってきた。俺と同い年の女だ。

 あいつは剣も魔法もできた。そして強かった。鬼のように強かった。


 魔獣も悪党も盗賊も、全部一瞬で倒していた。ついでにドラゴンも倒していた。

 ギルドの序列大会も、破竹の快進撃で勝利を積み重ねていた。五十位、三十位、十位、五位、三位、二位と、一瞬で順位を上げて。遂に俺はその女の子と戦って。


 結果、負けた。


 剣術では少しだけ、勝っていた。だけど、あいつは魔法も使ってきた。剣も魔法も使われた途端、為す術無く負けた。

 俺は天才。だが、あいつは超天才だった。

 俺は二位。あいつは、一位。


 悔しかった。一位になりたかった。だから、俺はひたすら鍛錬した。

 剣を振って振って振りまくる毎日。

 魔法は、できなくもないけれど、両方とも使うあいつには、剣だけで勝ちたかった。


 剣の鍛錬を繰り返して、そして序列大会に挑む。だけれど、何回戦ってもあいつに勝てない。魔法を使うあいつに、追いつけない。

 それどころか、あいつはどんどん強くなっていった。

 剣では俺の方が上だけど、あいつは魔法も上達していった。少しずつ、少しずつ、あいつとの差は広がっていった。そしてあいつは、俺に勝つ度に言ってきた。


 魔法も使うといいんじゃないかな、と。


 嫌だった。むしろ、逆に使いたくなくなった。

 絶対に一位になってやる。剣で、剣だけで一位になってやる。そう俺は心に決めた。





 ある日、依頼完了報告を済ませた時、あいつが話しかけてきた。

 何の依頼やってきたの? と聞かれたので、ブラックベアの討伐、と答えると、え、凄い! と大げさに驚かれた。

 お前も倒せるだろ、と言ってやると、それでも凄いよ、頑張ったね! と笑顔を浮かべる。

 明るいやつだなと思いつつ、お前は何の依頼やったんだ? と聞くと、公園のトイレ掃除だよ、と言ってきた。

 もっとやることあるだろ! と少し怒ると、大事なことだからねー、あ、もし私が死んだら、代わりにやってね、と言ってきた。

 死んでもやらねえ、と言ってやると、あいつはいたずらっぽく笑って、それじゃあ今度、一緒に何か依頼やろうよ、と急に提案してきた。

 俺は、死んでもやらねえ! と言ってやった。





 ある日、あいつと一緒に、ブラックベアの討伐をやりに行った。

 本当は一緒になんて嫌なのだが、依頼された数が多いのと、あいつが一緒に行きたいとしつこいので仕方なく行くことになった。

 ブラックベアの討伐はすぐに終わった。

 俺は剣で、出てくるブラックベアを一体ずつ倒した。

 あいつは剣も魔法も使って、次々と倒していった。その倒す速さを見て、悔しいけど、流石だと思った。

 ブラックベアを倒し終えたあいつは、君も魔法を使おうよ、剣ばっかり使ってないでさ、と言ってきた。

 魔法は嫌いだ、と返答すると、頬をぷくーっと膨らませて、そんな事言わないで、使ってみてよー! と言ってきた。

 その時の顔が面白かったのでつい笑うと、あいつもなぜか笑った。

 楽しげな、幸せそうな笑顔だった。


 帰り道でも、魔法使わないの? と何度も言われたので、その度、一位になるまではぜってー使わねえ、と笑って返した。

 なんだかんだで、結構楽しかった。

 一緒に行くのも悪くないな、と思った。





 俺はあいつにしつこく言われて、何度も一緒に依頼をこなしていた。


 そしてある日。

 依頼完了報告を終えて帰ろうとした時、あいつに夜飯を一緒に食べないかと誘われた。

 面倒なので行きたくなかったけれど、あいつに、時間もお金もあるし、行こ! と、手を引っ張られて半ば強引に連れて行かれた。


 それなりに高い飯屋に入り、俺達は適当に夜飯を食べた。

 あいつは、熱いスープを急いで飲もうとして、熱いっ! と悲鳴を上げていた。

 面白くて笑っていると、頬を膨らませて、君も飲んでみてよ! と言ってきた。

 仕方なくスープを飲んでみると、予想以上に熱くて、あっつっ! と叫んでしまった。

 俺の反応を見て何がツボに入ったのか、あいつは楽しそうにずっと笑っていた。

 そしてもう一度、恐る恐るといった様子でスープを飲んだあいつは、全然熱くない! と嬉しそうに笑顔を浮かべた。

 そりゃ良かったなと言って、俺も少しスープを飲んだ。今度は大丈夫だった。



 大体の料理を食べ終わった頃、あいつは急に真剣な顔になった。

 何か言いにくそうな表情をしているので、どうした? と聞くと、あいつはおずおずとしながら、一言。

 私、勇者になる、かも。

 と言った。

 急すぎて何も反応できなかった。

 王都の偉い人に呼ばれて、だから当分、会えなくなるかも……、と、らしくない、小さな声で言った。

 何かが胸に、チクリと刺さった気がした。

 あいつが、曇った表情をしているのが、嫌だった。

 だから俺は普段どおり、変わらない表情で、へえ、良かったじゃん、と言ってやった。

 へ? と驚いた表情をするあいつに、俺は続けて言った。

 選ばれし勇者様になって魔王討伐するんだろ、めでたいことじゃねえか。

 するとあいつは、でも、離れ離れになるんだよ? と言って、不安げな表情をした。離れたくないらしい。

 俺はそれに構わず、別に俺はいいけどな、と言ってやる。

 むしろ、お前と離れられるなんて清々するな、最高だ、とも言う。

 それを聞いたあいつは、今にも泣きそうな、崩れてしまいそうな顔をして、そうなんだ……、と言った。

 あいつが静かになったところで俺は、さっさと終わらせて戻ってこいよ、と言った。

 お前がいなきゃ誰が公園のトイレ掃除するんだよ、と言った。

 お前は俺が倒す。だから、さっさと帰ってこい。依頼も沢山、やらなきゃないからな、と言った。

 するとあいつは、唖然とした表情で、目を赤くして。

 いきなり俺の方に抱きついてきた。

 何が起きたのか、一瞬分からなかった。

 おい、何してんだ、と、あいつを離そうとしたけれど、離れなかった。

 仕方ないので、しばらくそのままにしておくと、つぶやくように、ありがとう、とあいつは言ってきた。

 不安だった、と言ってきた。

 でも、もう大丈夫、私、頑張るから。絶対、早く倒して帰ってくるから、と言ってきた。

 そうだな、と俺が適当に返すと、あいつは笑って、魔法、ちゃんと練習しててね、と言ってきた。

 俺は、死んでもやらねえよ、お前に勝つまではな、と言ってやった。


 店を出る前にスープを飲み干した。

 スープは冷めていて、冷たかった。





 次の日、あいつはギルドからいなくなっていた。





 それから、俺は毎日鍛錬を続けた。

 戻ってきたあいつに絶対勝つために、必死に鍛錬をした。

 あいつがいない分、ギルドの依頼も沢山やった。

 ギルドの序列大会も、一度も負けなかった。


 その時は、誰にも負けていなかった。

 だけど、俺は鍛錬をやめなかった。

 あいつを。

 俺より強いあいつを知ってるから。

 俺は負けないために、ずっと、ずっと、鍛錬を続けた。





 あいつがいなくなってから一年ほどたったある日。

 ギルドに呼び出しを受けた。

 鍛錬を中断してギルドに向かうと、そこで一通の手紙を渡された。

 俺宛に送られたものだった。

 一体なんの手紙なんだと思って見てみると、差出人の中にあいつの名前があった。


 まさか、あいつが送ってきたのか。


 急いで手紙を開けた。

 少しくしゃくしゃになったそれを、両手で広げて、急いで読んだ。

 書かれていたのは、三文だけだった。

 あいつの名前。

 日にち。

 そして最後に、






”死亡”。






 驚いた。

 何を言っているのか分からなかった。

 意味がわからなかった。

 信じられなかった。

 信じられなくて、差出人を見て、あいつの名前以外に何人かの名前が載っているのが分かった。

 すぐにギルド長に確かめたら、他の名前は、勇者のパーティの人たちだと分かった。あいつの仲間だった。


 嘘ではない、と言われた。

 嘘だろ、と言った。

 嘘ではない、と言われた。

 嘘だと、言ってほしかった。


 声に出した。

 いや、別に、どうでもいいし。どうせ俺が倒す相手だった。それが、先に誰かに倒されただけ。


 拳を握った。強く、強く、握った。

 いいじゃないか。これで俺は一位だ。一位なんだ。あいつと一緒に依頼をやらなくていい。いちいち話しかけられなくてもいい。楽じゃないか。最高じゃないか。


 頬に、熱いものが流れて、止まらなかった。

 全く、あいつも馬鹿だ。こんなところで死ぬなんて。これじゃあ、俺はお前と戦えねえじゃねえか。どうしてくれんだよ。おい、どうして、くれんだよ…………早く……帰ってこいよ……っ!



 胸が、痛かった。

 攻撃されたわけでもないのに痛かった。

 あいつを思い出そうとすればするほど、胸が凄く、痛かった。









 二十歳の誕生日の日、俺はいつもと同じように公園のトイレ掃除をしていた。

 すると、一人の少女が、こんにちは、と声を掛けてきた。

 振り向くと、序列二位の、剣が大好きな女の子が見えた。

 そいつは、誕生日おめでとうございます、と言ってきたので、おう、ありがとな、と返した。

 すると、どうして毎日、ここの掃除するんですか? と聞いてきた。

 俺は、大事なことだからな。俺が死んだら、代わりにやってくれよ、と答えた。

 えー、嫌ですよ、と笑って答える少女は、俺の腰の辺りを見て、疑問の声を上げた。

 どうしていつも、腰に魔法の杖を下げてるんですか? と。

 俺は、胸を張ってこう答えた。


 俺は魔法が大好きなんだ。お前も、魔法を使うといいんじゃないか。


 序列二位の少女は誤魔化すように、剣で一位になりたいので、と、はにかんで笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

冒険者ギルド序列二位の剣士 ぶるすぷ @burusupu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ