2番目の彼女

DDT

2番目の彼女

勝ち抜けないほうがいい。

我が家代々の家訓である。

すなわち、一番になるともう目標とする後はなく、自ずと厳しい状況に置かれがちという、実に合理的で現場主義的な思考だ。

さすが生粋の商売人の家系だけある。


「こずるい。」

「そうさ、こずるいさ。」


オレはプレハブでできた学校の食堂で、アニメの主人公みたいにそううそぶいて、パイプ椅子にふんぞり返った。

目の前でオレを睨みつけ、頬をふくらませている小動物まがいの女子は、マイコ。

一学年下の同じ新聞部のメンバーだ。

「おまえはリスか。」

そう言ったら、ちっちゃい前歯をむき出してカカカカッと小刻みに威嚇してみせた。


トラブルメーカーといえばありきたりだが、何か突発的な事故や事件が起こると、必ずその中心にいて台風の目を引き受けているのがマイコだ。

ただし、台風の目自体はいつだって凪。

どんな災難の渦にも巻きこまれることはなく、のんびりと動じずに木にぶら下がるコアラさながら、まわりは死滅するサイクロン状態となる。

その真っ黒な才能にはいつもあきれるばかりである。


さて、今回オレに持ち込んできた案件も、完璧にやばかった。

学内でコンテストをやりたいのだという。

それも美男美女コンテストでさえ問題視されるこのご時世に、“全人格”コンテストをやるというのだ。

この県立神郡高等学校生徒の中で、真に優れた人物をただひとり選び出し、全生徒で称賛して、崇め奉る。

それを一切の笑いなく、シニカルな視点は極力封印して、学校を統一できる完璧なるアイコンを作り上げたいというのだ。


さらにだ。

これは出来レースなのだという。

最近この高校にも自由化の波がどっぱんと寄せて久しく、学内でのスマホ解禁を勝ち取って以降、生徒の服装は乱れ気味で勉強に身が入らず、教師は各教室で空回りして浮いていた。


「仮にXとしますね。」

とマイコは言った。

オレは、その鼻の孔!うれしそうすぎる、と思ったが口には出さなかった。

「Xを求めているのは誰か、と考えたらわかると思うんですよ先輩。ヒントは学校・学級経営を円滑に、ですよ。」

何やら政治的な。あまりに政治的な。


「担任?」

「うーん。」

「校長?」

「まあね。」

「教育委員会?」

「まあまあ。」

「PTA?」

「いい線。」

「文科省?」

「はははは。」

マイコはますますうれしそうに、広がった鼻からふーっと息をついた。


「まあそれはのちのちわかるとして、その方たちは先輩にXをお願いできないかと考えているわけです。

そして密かにすてきなメッセンジャーとなったのが、このあたし。顔の広い女子高生でおなじみのマイコです。」


確かにマイコは、この地方小都市の商店街のど真ん中で生まれ、老若男女に知り合いが多かった。

新聞部に入部したての一年生の時、近辺の商店や中小企業への広告取りで、開校以来の記録的な数字をあげた。

それ以来、学校新聞のページ数が4ページから倍の8ページに増えたという、まわりにはたいしたことではなくても、関係者には驚愕の出来事となった。

さらに功労者のマイコ権限で紙面の内容も刷新され、今に到る。

部長のオレも頭があがらないというか、あげにくい関係性なのだ。

また来年度から、新聞部はメディアミックス部に名前を変える。これもマイコの提案だ。

紙新聞と校内放送を中心に(あくまでも学生らしく)、短波ラジオ、地域テレビ局へと野望は広がる。

「市内唯一の高校が果たす役割について考えています。」と以前、文字通り鼻息荒く語っていた。

商店街振興組合代表の父親譲りの剛腕。あなどれない相手だ。


「嫁はお元気ですか?」

言いたいことは言い終えたとばかり、ちゅうとパック牛乳をすってマイコは話題を変えた。

「嫁はいつでも元気だ。完璧で変わらない。」

オレの二次元への愛は、オープンな事柄なので問題ない。


「じゃあ考えといてくださいね。立候補すれば選ばれるのは確実。先輩を見込んで、いい返事お願いします。」


なぜオレなんだろう。

その夜、寝付くことができずに悶々と考えた。

ご近所に生まれたよしみ、幼馴染の腐れ縁で、確かに付き合いは短いとはいえないが、どうしてオレに目を付けたのかがわからない。


頭の中に、今までの嫌な思い出たちがよみがえる。

家訓によらずとも、根はお調子者のため、担ぎ出されて地面にたたきつけられたことも度々。

幼稚園の頃、運動会のお遊戯の練習がしたくなくて、みんなで裏庭の隅にバリケードをつくって立てこもったことがある。

なだめすかされ、脅されて、泣き叫ぶ園児が続々と脱落していく中で、隣にいたのがマイコではなかったか。

というかそもそも、バリケードをつくろうと言いだしたのは?

記憶があいまいだが、心の底にひやりとくるものがある。危ない危ない。

その時オレは、名案を思い付いた。


次の朝、オレはさっそくマイコの教室に出向き、呼び出して言った。

「Xは河西でいこう。」

マイコはしばし絶句の後、

「そうきたか。」

と言った。

「オレは河西の参謀にならうとぞ思ふ。」

「よござんしょ。」


どう口説いたのかしらないが、放課後の視聴覚室にはもうカメラが準備され、ライトを調整されながら緊張気味の河西がぼんやり立っていた。

河西はマイコと同学年で、一部の女子に圧倒的な人気を誇る。

若手個性派俳優のだれだれとか、韓流アイドルのだれだれとか、何やら複数の芸能人に似ていると指摘され続け、それが高校に入学してからも日々増え続けているという存在だ。

性格は温和で薄ぼんやり。まさにアイコン向きといえまいか。


オレは応援演説を依頼されている。

マイコが集まったメンバーに説明を始めた。

「急なお願いにもかかわらず、ありがとうございます。先日お話したように、私たちによる私たちのためのコンテストを開催したいと思います。校長先生にはすでに許可をいただいてあります。

まずはパイロット版として、立候補者の短い映像を撮りたいと思います。それをパスワード付きでネットに拡散し、コンテストをアピールするとともに月末までにほかの立候補者を募るというやり方でいきたいと思います。何か質問ありますか?」

ライティングに駆り出された放送部のひとりが手を挙げた。

「生徒会選挙とは違うんですよね。立候補者は何をアピールしたらいいのかな」

「全人格から醸し出される魅力です。」

重々しくマイコは言った。

「優勝者は学校を象徴するアイコンであり、生徒代表であり、ゆるキャラのようでもあり。生徒会長はどちらかというと裏方、優勝者には表方を分担してもらう考えです」

もう何を言っているのかわからない。

しかし場はマイコの不思議な熱気に押されて、粛々と撮影が進行していった。

河西ののんびり間延びした趣味の話や好きなアイドルの話の後に、オレは猛烈プッシュした。

人前で話すのは割と得意なほうだ。

ここにも代々呉服屋という、商売人の血が流れているのかもしれない。ただ父の代から、時代の波に抗えずベビー用品レンタルの店に姿を変えて、しぶとく生き残っている我が家だが。


撮影は滞りなく終わり、それからはや一週間。

不思議なことに、ぱたりとマイコの接触が途切れて姿を見かけることもなかった。まるで巧妙に避けているかのように。


オレは普段話したことのない別のクラスの女子に、通りすがりに声をかけられた。

「山野くんがんばってね。」

下校時にたまに寄る、コンビニでも名前を呼ばれた。

「山野くん応援してるよ。」

それどころか、シャッター化の進む商店街で見知らぬ買い物客のおばさんに笑顔でエールをおくられた。

「山野くんガンバだよ。」

何かがおかしい。頭の中に非常ブザーが鳴り響く。危険だ危険。

相変わらずマイコはつかまらない。

オレは河西を狙って締め上げた。

「すいません」

のんびりした河西が珍しく顔を引きつらせて口ごもった。

河西の口からすでに映像がネットで拡散されていることを知り、パスワードを吐かせた。

どうしてオレには誰も教えてくれなかったんだ、解せなすぎる。

しかし悪い予感は必ず当たる。

映像をみてオレは驚愕した。

そう、立候補者はオレだった。

「河西は」と言うセリフがみんな、「わたしは」に入れ替えられ加工されていた。無理やりすぎないか。


オレは必至で、河西のいいところをアピールしていた。

「わたしは小動物や植物を愛し、ほほ笑みを絶やさない生まれついての平和主義者です。」

「わたしは人々を和ませる素晴らしい人徳を持っています。」

オレは恥ずかしさが募って傍らの枕をぶん投げた。

そんなこと自分で言うやついるか。

さらにだ。

これは学内だけの全人格コンテストじゃない。

町おこしのイベントだった。タイトルは「未来の市長を探せ」。協賛は商店街振興組合、ああマイコに騙された。


その3日後、塾の前で張り込んでやっとマイコを捕まえた、ストーカーめいて気持ち悪いが、この際しょうがない。

映像の削除を求めると、この期に及んで抵抗してきた。

「あの映像を見て立候補者が続々集まっているところなのに。」

「市長の許可ももらってるんです。」

「裏工作は万全ですから、絶対選ばれますって。」

「将来は本物の市長になれる人ですよ先輩は。」

「一緒に市を盛り上げていきましょう。」

「おまえ、もしかして」

オレはその時ひらめいた。

「父親を継いで商店街振興組合代表になるつもりか」

「よくわかりましたね先輩」

とマイコはうれしそうに言った。

そしてオレを担いで、傀儡政権ならぬ政治力を地元で握ろうとしているのか。


今までオレたちは、スピードスケート競技のように2番手争いを繰り返してきたのかもしれない。

直接風の当たらないポジションを狙って。

オレへのマイコの熱意と執着は、はっきりいってさっぱりわからない謎だ。しかしその圧はすごい。勘違いもものともしない吹きあがる熱波に負けそうだ。


ただオレにとっては二次元がいつだって一番。

おまえは永遠に2番目だといつかどさくさに紛れて言ってやる。

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