弱肉強食世界における2番手のメリット

@yassy

第1話

幼い頃から常に2番手を目指してきた。

1番手ではない。

2番手だ。

私にとってこの魑魅魍魎の跋扈する弱肉強食の世界で集団のリーダーになることは極めて危険なことと思われた。

実際、私の父は常に集団のリーダーであり続けていたが若くして命を落とした。

冒険者という職業を選んだ父の話を聞くのは幼い私にとって楽しくもあり、また怖くもあった。父が亡くなったという話を同じパーティーの冒険者から聞いたときは「まさかあり得ない」というよりも「ついにこの日が来たか」という感覚に近かった。泣き悲しむ母の背中を見ながら「私が母を支えなくては」と強く思った。

結局、様々な職業がある中で母と自分を守るために己を鍛練し続けた結果、皮肉にも父と同じ冒険者という職業を選択することになった。農民や商人になるということも出来なくはなかったが、いつどこで荒くれ者やモンスターが襲ってくるか分からない世界で人の力に頼らなければ生きていけない存在にはなりたくなかったのだ。

冒険者は通常単独では行動しない。お互いの弱点を補い合うためにもパーティーを組むのが常識だ。冒険者パーティーの中には必ず序列がありリーダーは冒険による収穫物の半分を受け取る権利がある。2番手は残りの半分、3番手はさらに残りの半分だ。パーティーが4人の場合は3番手と4番手の取り分は同じになる。つまり、トップと2番手で収入が倍半分異なることになる。誰が決めたのかは分からないがこのルールは冒険者の間では不文律となっている。

収入が多くなるということはその分、性能の良い武器や防具で身を固めることが出来るということだ。冒険者は財産のほとんどを自己の装備に費やすので、それは顕著に見た目に表れる。冒険者パーティーを見るとリーダーとそれ以外では明らかに見た目の煌びやかさが異なる。このため「いつかは俺も冒険者パーティーのリーダーになるんだ」という若者は多い。

しかし、パーティーの中でダントツで最も高価な装備で身を固めていることは危険も伴う。例えば冒険者を狙う盗賊団からすると2番手以下は逃してもリーダーは何が何でも逃さないということが鉄則となってくる。このため、リーダーは常に逃げることが許されない状況で戦うこととなる。たとえ相手が強大であっても、たとえ味方がみな逃げ去ってもだ。私の父もそうして命を落とした。

最後まで逃げずに戦った父を母は誇りとしていたようだが、私は違った。いつでも逃げたいときに逃げられるよう常にパーティーの2番手の地位を保つよう努力してきた。死んでしまったら元も子もない。幸いと言うべきか今のところ1番手を見捨てて逃げるという事態に陥ったことはないが今後は分からない。


ふと尋常でない人の気配を感じ我に戻る。見上げると前方のなだらかな丘の上にに人影が見える。

前を歩いていた冒険者パーティーのリーダーのフクオカがこちらを振り返りながら言う。

「おい、シマネ、気づいたか? あそこにいる奴らは俺たちを狙ってるんじゃねえか?」

「うん、そうみたいだね。…殺気が漂っている。たぶん冒険者狙いの盗賊団だね。数はこちらと同じみたいだけどあまり強そうには見えないな」

「おまえらはどう思う?」

フクオカがパーティーの3番手と4番手のサイタマとイバラキに話しかける。

「確かにやつらの足捌きを見てもたいした戦闘力を持っているようには見えないが」と斥候役のサイタマが返す。

「ああ、むしろ俺たちを見て逃げねぇのが不思議なくらいだな。だが装備だけは不自然に立派だな…あのド派手な格好をしているのがリーダー…女か?」とイバラキ。

その時突然、敵が動き出した。

こちらに「ド派手」以外の3人が猛烈な勢いで駆けてくる。

「?」

「戦闘力で劣るとみられるのに全員で来ないだと?」

明らかに不自然な行動。

だが、次の瞬間パーティー内に衝撃が走った。

「おい!尋常じゃない速さで走って来るぞ!」

全力で走っても 1分はかかるであろう距離を十秒ほどで半分に縮めてきた。

「身体強化魔法!?ウィザードがいやがるのか!?」

「あの女か?おいおい、この辺境の地でか?」

パーティー内に動揺が広がる。いやなパターンだ。

隊形を整える間もなくあっという間に3人の敵は目の前に来た。なんと他のパーティーには目もくれず、全員がフクオカに飛びかかった。

「くっ!」フクオカが剣を抜き放ち、3人の攻撃を受け流す。強化魔法をかけられているとはいえ元々の実力差がかなりあったらしく不意打ちは不発に終わった。

2段目、3段目の攻撃もフクオカはかわす。さすがフクオカ。

「おい!ボーッとしてるんじゃねぇ!」フクオカが吠える。

あまりに迅速、かつストレートなやりかたに不意を突かれてしまった。

我に返り双刀を引き抜き、すぐに目の前の敵の一人の背後から切りつける。

が、次の瞬間、敵の速度がさらに上昇し刀を避けられてしまった。

「上乗せできるタイプの強化魔法だ!」

さっきまで余裕の顔だったサイタマとイバラキも必死の形相で攻撃しているが全てかわされている。フクオカの剣も敵の防御力の高い装備のせいで致命傷を与えるに至っていない。

強化魔法が上乗せ可能となるとウィザードを倒さない限り時間が経過するほど状況は悪化する一方となる。

フクオカもそれを感じたのだろう。

敵の攻撃を弾きながらウィザードのいる方向に向かって動き始めた。

が、それに合わせてウィザードも後退し一定の距離を保つ。

私は皆に叫んだ。

「フクオカ!私が行く!サイタマとイバラキはこのままフクオカを補助してくれ!」

「おう!」「分かった!」「頼んだ!」

案の定、私がウィザードに向かっていってもウィザードは後退しなかった。

魔法をかける対象から距離が離れすぎると強化魔法が届かなくなるからだ。

全速力でウィザードの元まで駆け寄り、双剣で切りつける。

「!」

私の双剣は分厚いゴムを切りつけたように弾かれた。

「強化魔法をかけながらシールドも張れるのか!」

驚いた私の顔を見ながらそのウィザードの女は酷薄な笑みを浮かべた。

まるで「そのセリフは聞き飽きたよ」とでも言わんばかりの表情だ。

今までの彼女らの犠牲者が何度も吐いたであろうセリフ。それを私も言ってしまったのだろう。

ウィザードの女はそのまま全く動じること無く呪文の詠唱を続けた。

次の強化魔法を完成させるために。

私の装備を見て私の攻撃が彼女に届かないことを確信しているのだろう。

私の存在を完全に無視している。


2番手のメリットはことにある。

そう、今のこの目の前の女が私を見下しているように。

私は素早く自分の双刀に対魔法障壁の呪文をかけ、再び彼女の首にめがけて両側から切りつけた。

双刀は彼女の首を挟んだところで寸止めした。

「ば、バカな…魔法剣士…?」

「このまま撤退すれば見逃してあげるよ。でなければアンタの首が飛ぶことになる」

念話でも使用したのか途端にフクオカを攻撃していた3人が全力で逃げ始めた。

同時にウィザードも弾かれるように後方に飛んだ。

あっという間に4人の敵は視界から消えてしまった。


「いやー、危なかったな。こんなに強い盗賊団がこの地域にいるなんてギルドから聞いてないよな」

怪我の手当をしながらフクオカが皆に話しかける。

「恐らく、出会った商人や冒険者パーティーが皆犠牲になっていたんじゃないかな」と私。

「それでギルドに報告が届かなかったって訳か。この辺りはそんなに戦闘力の高い奴らは来ないだろうから全滅はあり得るな」と納得の様子のフクオカ。

「あのウィザードの強化魔法のおかげで実力以上のパーティーを倒してきたんだろうな。あの平時の戦闘力に不釣り合いな立派な装備の説明がそれでつく」とサイタマが分析する。

「それにしても姐さんのおかげでまた命拾いしましたぜ」とイバラキが私に

ペコペコしながら言う。

「殺ろうと思えば殺れたのになんで見逃したんです? 」

「盗賊退治は私たちの仕事じゃないよ。殺すと後々面倒だし…それから姐さんはやめろって言ってるだろ。アンタたちの方が年上なんだから」

「そうだぜ、イバラキ。俺みたいに名前で呼ぶべきだ」とフクオカ。

「いやいや、無理っすよ。実力に差がありすぎて呼び捨てになんか出来ませんや」

「なあ、シマネ。おまえ本当に俺が1番手で良いのか?」フクオカが私の顔をのぞき込みながら言う。

「何度も話し合ったけど、私は2番手が好きなんだよ。今回もそうだけど、そのおかげで命拾いしたことが何度もあるだろ?」

私は返事をしながら自分の心に問いかける。逃げたいときに逃げられるから2番手が良かったのではなかったか。でも「逃げたいとき」が自分に訪れることがあるのだろうか。私はこのパーティーが気に入っている。このパーティーを見捨てて逃げるということが本当に出来るだろうか。逃げないのであれば、戦いにおいて圧倒的に優位な力を持つ魔法剣士でありながら2番手の地位に甘んじているのは非効率であるのかもしれない。

「まあ、そこまで言うのなら分け前を多くもらっても良いけど?」

「いやいや、それじゃ2番手じゃなくなっちまうじゃねーか」

「俺たち3番手、4番手の取り分を減らすのは勘弁して下さいよ」

いつもの会話が繰り返される。

劣った装備を補うために困難な魔法の修行を私はこれからも続けていくことだろう。

その努力のおかげで今の自分があると思うと「非効率」であることも捨てたもんじゃないとも思う。

心にモヤモヤとしたものを抱えながらも、そんな万年2番手の自分を私は結構気に入っている。

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