第十六話 トラブル発生!?

 それは奇蹟といってもよかったのかもしれない。ここまで、同級生には全く遭遇しなかった。いつもより早い時間だからだろうか。本来ならば、あと十分くらい後に俺はこの場所にいたはずだ。

 昇降口も人気がまばらでひっそりとした雰囲気が漂っている。もちろん、門のところには一人も教員は立っていなかった。


「よいしょっと」


 明城が靴を履き替えている。視界の端を、さらさらとした糸束のような髪が揺れた。そこに陽光が差し込んで、彼女の姿が逆光に映える。

 自然と見惚れてしまう。どうして、こんな美少女が俺にこだわるのか。不思議で仕方なかった。彼女が顔を上げそうになって、俺は慌てて視線を逸らす。


 特に会話することもなく、俺たちは廊下を進む。体育館の方から、朝練に勤しむ運動部の声。そして、音楽室の方からも吹奏楽部の音色が聞こえてくる。

 普段ならば、もう朝練は終わっている時間だから、それは意外と新鮮だった。生徒たちの活気を耳に階段を上っていく。次第に騒音はその種類を異なるものになる。


「賑やかですね、この学校は」

「お前が前いたとこは違ったのか?」

「はい、あんまり部活動は盛んじゃありませんでしたから」


 とまあ、当り障りのない会話をして、三回に繋がる階段の踊り場まで来た。俺はそこで不意に足を止めた。

 遅れて明城も立ち止まる。不思議そうにこちらを見てきた。


「お前、先は行けよ」

「どうしてですか?」

「いいから」

 ちょっと語気を強めて、顎をしゃくった。


 未だ腑に落ちていないようだったが、彼女は静かに前に進んでいく。次々と階段に足を掛けながらも、ちらちらと俺に視線を送ってくる。

 その度に俺はいいから気にするなと、手で払う仕草を見せた。


 やがて、その姿がようやく廊下の奥に消えた。それでも、と俺は用心してもう少し時間を潰すことに。とりあえず、後ろにある掲示板に目をやった。こんなにしげしげと眺めるのは初めてかもしれない。色々な張り紙がそこにはあった。

 時折、通る生徒の視線は少し痛い。そりゃまあここをじっくり見る奴なんて、あんまり見たことがないしな。それもこんな朝っぱらからだなんて。


 もういいだろう。そう思って、時計に目を落とすと三分ほど経っている。それで、俺は残りの階段を上って行った。

 成り行きで一緒に来るのは受け入れたが(自転車で猛スピードを出して振り切るのもやだし)、かといって一緒に教室に入るのだけは憚られた。絶対に注目の的になる。


 アリの巣の近くに砂糖の欠片を置くようなもんだ。うじゃうじゃと群がってくる。……ううん、例えとしては不適切かも。映像が浮かんでちょっと嫌な気分になった。

 そもそも、クラスメイトをアリ扱いするのもどうだろう。これが剛なら、きっと抜群の比喩を思いつくのだろうが。自分のセンスのなさに浅い笑いが出る。


 三階の廊下はまばらにだが、生徒の行き来はあった。朝の喧騒が廊下まで聞こえてくる。教室の前で一瞬それを感じながら、後ろの扉を開けた。

 がらがらがら、扉が横によく滑る。中に足を踏み入れた時、クラスの連中がこちらを向いた気がした。ちょっと身を固くしたが、よく見ると誰もこちらを見ていないようだった。


 俺は気まずくなりながらも、後ろ手でドアを閉める。そしてて、自分の席目掛けて机の隙間を縫うように進んだ。

 明城はすでに着席していて、こちらに顔を向けてうずうずとした感じに待っている。飼い主を待つ犬みたいだな、あいつ。

 

 ……やはり見られている。しかもひそひそ話をされながら。それが自分に関係ないと思えるほどに、俺は鈍感ではなかった。

 教室内は、今のところ、女子の比率の方が多かった。リア充グループは来ていない。……一人を除いて。彼女はまっすぐに背筋を伸ばして、こちらのほうなど一切見ようともしない。まあ、あいつらしい。やつだけは、絶対に俺に興味を持たないだろうから。


 とにかく、居心地の悪さを感じながら席に着く。机にそっと鞄を置きながら。


「なにしてたんですか?」

 すかさず、明城は興味津々といった感じに聞いてきた。

「世の中を嘆いていた」

「大変ですね~」


 俺の返答に彼女はふふっ、と優しく微笑んだ。ずいぶんと大人な対応だこと。

 気を取り直して、俺はごそごそと鞄を探る。机の中に、無造作に教科書とノートを放り込んでいった。


 見ると、学はもとより剛もまだ来ていない。話し相手がいないと退屈だ。それがわかっているから、いつもあの時間に登校しているのだが。

 仕方ないので、昨日と同じ様に本を読むことにした。だが――


 ざわざわざわ。


 どうにもアウェー感が強い。一瞬自分が教室を間違えたかなと思うくらいに。依然として不躾な視線がぶつかってくる。


「なあ、お前何かしたか?」

「へ? どういう意味でしょう?」


 間の抜けた顔で、彼女はきょとんと首を傾げた。

 どうやらこの異様な雰囲気に気づいていないらしい。意外と周りに無頓着なのだろうか。

 まだ転校したてなのは変わりないのに、初日の騒がしさはどこかへ消えている。それがその理由かもしれない。話しかけても、相手にされないんじゃ仕方ない。

 まあ、俺の勝手な想像だが。しかし、そうであるならば、俺も早くそのになりたいものだ。


 俺はさっと周囲を見渡す。すると、誰もが顔をそむけた。間違いなく、今、俺はクラスメイトに見られてた。ただ、明城と一つ言葉を交わしただけなのに。

 俺だけがこの素敵な転校生と仲良くしていることが、気に入らないのかもしれない。一瞬そう思ったが、違う気もする。ちらりと見えた顔は不快そうな感じではなく、どことなく好奇心に満ちた感じなような……


 ――そこでようやく俺は一つの答えに辿り着いた。それはもっと単純な話だった。げんなりとしながら、横にいる女に顔を向ける。

 しかし、彼女はただニコニコしているだけ。自分がクラスのいい話題の種にされていること、に気付いているのか、いないのか。


 しかし、それをどうしようもないのも事実で。俺はため息をつくと、再び読書に勤しむことに。……なかなか内容が頭に入ってこない。

 どうにも集中できなくて、俺はふと顔を上げた。すると――


「ちょっとあなた、来なさい」


 横から声が聞こえてきた。見ると、後ろのドアのところに、不愛想な顔をした幼馴染の女がそこに立っていた。こちらに向かって手招きをしている。

 なんだろう――ちょっと不安に思いながらも、俺は席を立った。彼女の方へ、静かに近づいていく。これがまたしても新たな火種になることも知らずに――

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