俺、自称前世の恋人に愛されすぎてます!

かきつばた

プロローグ:とある悲恋の結末

「嗚呼、嗚呼、私は至極残念にございます。こうして、あなた様と一緒に過ごすことが叶ったというのに、それがこんな呆気なく終わろうとするなんて――」

 

 荒れ果てた大地に、二人の男女が打ち棄てられていた。その姿はどちらもボロボロである。

 男はぐっと腕を伸ばし女の肩辺りを抱いて、覆いかぶさっていた。まるでこの惨状においてなお、彼女を守るように。

 女は男の胸の辺りに顔を埋めている。身体を丸めて、全身で甘えるようにして、ぴたりと彼に寄り添っていた。

 二人の命の灯火は今すぐに消えてもおかしくない。それが二人の業だった。


 辺りには、二人を包み込むようにして薄闇が広がっている。そして、雲一つない闇夜に輝く月が彼らを粛々と照らしていた。

 地面には大小さまざまな穴が至る所に空いている。あったはずの丘陵地さえ消し飛んでいた。それが偏に闘いの激しさを物語っている。

 元々この土地は、『死の大地』と称されていた。実にありきたりな名前だが本質をぴたりと言い当てている。実状として、樹木はもとより草一片たりとも生えない。ただ不毛な乾いた大地がずっと続くばかりなのだ。今ではよりその過酷さは増している。

 

 彼らは――益体もない言い方だが――恋人だ。互いが互いを求めてやまなかった。文字通り命を尽くして、恋の炎を燃え上がらせた。

 しかし、それは許されざる恋だった。始まりはいがみ合い。求めていたのは、相手の命だけだったはずだった。殺したいほど、憎かった。

 それがやがて形を変えた。身分違いの愛、裏切りに満ちた愛、呪われた愛……その形は歪でどんな器も受け止めることができない。いや、受け止めれば器の形を歪めてしまう。

 誰もがそれをわかっていた。だから、どうにかしてその愛の結実を防ごうとした。世界中の人――いや、世界が敵に回った。あらゆる関門が二人の前に立ち塞がった。


 しかし、二人は諦めることをしなかった。その愛が器――世界を滅ぼすことになったとしても、お互いを慕う気持ちを止められなかったのだ。

 決して結ばれることはないとわかっていても、それを納得して受け入れることはできなかった。運命に、ただひたすらに抗い続けた。 


 そして、その結果がこれ。世界は二人の命と引き換えに、また安寧を取り戻そうとしている。

 終わりだけ見れば、やはり彼らの愛が実を結ぶことはなかったわけだ。だが、それは結果論というもので――実際、二人は満たされていた。

 最期まで、内なる情熱(あい)を燃やし続けることができたのだから、後悔はなかった。それどころか、こういう形であれ、二人きりで寄り合えるのがたまらなく嬉しかったのだ。普通の恋人なら、なんでもないこんなことですら、彼らにとっては実現不可能なことだったから。


 だが、それはあまりにも短い時間すぎた。一緒にいたい、誰もが抱くそんなありふれた願いがかなったのは今この瞬間だけでしかない。死(おわり)は着々と歩み寄っているのだ。


 二人の身体の下に、大きな血溜まりができていた。それは今も脈々と大地を侵食し続けている。どちらも、傷を塞ぐ術はもう持ち合わせていなかった。それにあまりにもその数や程度は深刻だった。

 その赤色は二人の恋の残り火ともいえた。増え続ける赤黒い染みは、まるで怨嗟。この不毛な大地に更なる呪いを植えつけるかの如く。

 淡い月の光に、女の白銀の髪が輝いている。しかし、それは段々と紅へとその色を変えつつあった。やがて、血液が凝固すると黒く闇に堕ちていく。奇しくも、男と髪色が同じくなる。

 

 そのまま身体が溶けて交じり合うと思えるほどに、二人はぴたりとくっついて動かないままだ。

 男は、女を抱く腕にさらにぎゅっと力を込めた。それが、最期の悪あがきだということは彼にもわかっていた。それでも、今はその温もりに浸りたかったのだ。ようやく手にしたその存在を、魂の奥底に刻み込む様に、彼女の肩口に自分の顔を押し付ける。


 男は死を恐れてなどいなかった。この結末に本当に安堵していた。残念だと思わないところがないわけでもないが。でも、その顔は安らかで、それは彼にとっては本当に久しぶりのことだった。


「それは俺とて同じこと。でも今は、この瞬間だけは一緒だ。これでいい、俺の願いはささやかな願いは今ここに成就した。それだけで、迷いなくあの世に逝けるのだ」

「そう言っていただけるのは至上の喜びでございます。ですが、私は悪い女です。あなた様が満足いったとしても、私には欲が湧いてございました。もっとずっとあなた様と一緒にいたいのです」


 女は何とか男の身体を抱きしめ返した。しかし悲しいかな。力がうまく入らなかった。ただ息遣いが一層荒っぽくなるだけ。それでも、と彼女は自らの身体を何とか引き摺って、愛する者の傍によりくっつくようにする。


 女は自分が惨めで仕方がなかった。この結末に対してではない。事ここに至って、自分の力のなさがいたく心に染みていた。心の底から求めた者が近くにいるのに、満足に寄り添ってあげることすらできない。


 それでも、彼女の胸を占めるのは無念さだけでなく。男同様に、儚いながらも幸せを感じている。これでよかった、これで上出来じゃあないか……そんな声がその頭に反響している。


「……俺たちは散々周りに再災厄を振りまき続けてきた。にもかかわらず、こんな素敵な結末を迎えることができた。それ以上は罰が当たるというもの。きっと俺たちは初めから長くいられない運命だったのだ」

「そんな言葉、口にしないでくださいまし! いつもの強気なあなた様はどこへ行ったのですか!」

「――ははっ、これは一本取られたなぁ……。確かにそうか、この期に及んで心変わりもおかしな話。そうだな、俺ももっとお前と一緒にいたかったさ。しかし、それはとても叶わぬようだ。ああ、この時が――」

「「永遠に続けばいいのに」」


 二人はそっと接吻を交わした。唇と唇だけが触れ合うだけの、初心で純真な、透き通るような愛の発露だった。


「もし来世があるとすれば、だ。我が最愛の君よ」

「ええ、ええ。わかります、あなたの言わんとすることは全て」

「その時こそは、永久に愛を育もう……」

「ええ、約束、ですよ? 私は必ずや、あなた様を見つけ出しますゆえ」


 最後に女が浮かべた笑みは、残酷なくらいに儚くて、それでいて心を抉るほどに美しかった。ゆっくりとその身体から力が抜けていく。


 男が息を引き取るのもほぼ同時の出来事だった。胸中には、ただ目の前の愛しの存在だけを想って、二人の意識は闇に溶け堕ちていく。


 月だけが変わらず、空に照っていた。それは、陽の光に当たらなくなって久しい二人にとっては、まさに太陽の代わりともいえよう。それは、闇に結ばれた二人の愛を祝う聖なる光だった――

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