必ずその座を奪ってみせる!

禾遙

これは男の欲望による、ある意味より高次元の醜い争いである

カリカリカリ……


誰も一言も口を開かない静寂なるこの空間に、複数のペンを走らせる音だけが響き渡る。頭を抱え込む者、眉間にシワを寄せる者、何度も用紙を見直す者。それぞれが持てる力を全て使い、ぶつける。


そう、それは魔法学のテスト。


この日の為に生きていると言っても過言ではない。


「は~い!そこまでですよ~」


女神、いやマリア先生の声でそれぞれがペンを置く。


「お疲れ様でした~!皆さん用紙を置いて退室して大丈夫ですよ~」


その声に従いテストを受けていた生徒達はゾロゾロと教室を去る。しかしここで、ある男とある男の視線がぶつかり合った。一方は目の前の男を親の仇でも見るかのように睨みつけている男、カイル。もう一方はというと、なんとも余裕のある、しかし底知れぬ不気味さを感じる笑みでその視線を受け止める男、ジーク。視線が交わったのは一瞬で、2人はそれぞれ逆方向へと歩いて行った。

そう、この2人はこのクラスで1位2位を争う間柄、つまりライバルなのだ。と言っても先程のやり取りからわかるように睨みつけているカイルが万年2位といったところ。今度こそ、そう思っても何時もあと1歩届かない。今回が最後のテスト。


最後だけは負けられない。







「は~い!皆さんお待ちかね!この間のテストを返しま~す!」


ゴクリ


どこともなく唾を飲み込む音が聞こえる。ピリピリとした嫌な緊張感の中、マリア先生は口を開く。


「も~。皆最後のテストなのにもうちょっと頑張って欲しかったなぁ~。じゃ、アイル君から取りに来て~」


「は、はい!」


出席番号順に取りに行く男達。答案を手にし、その点数を見て一様に肩をすくめトボトボ自分の席に帰っていく。それを見てまだ答案が返ってきていない者は捨てきれない希望にすがり、その時を待った。


「はい、次はカイル君ね~」


「はいっ」


今回は、今回こそはきっと大丈夫、そんな言葉を呪文のように心内で唱えながら答案を受け取る。


「もぅ~!もっと頑張らなきゃダメだぞ!」


マリア先生の麗しい声も耳に入らない程、カイルはじっと答案の点数欄を見つめた。


0点


やった……やってやったぞ!


夢にまでに見た0点。叫びだしそうな口をぐっと噛み締め自分の席に戻る。


長かった……本当に長かった。


ここは国中から成績優秀者が集まる天下の王立魔法学園である。なのに何故こんなにも低い点数で喜んでいるのか?それにはとてつもなく浅く、阿呆らしい理由があった。


1年生の魔法学を受け持つマリア先生。彼女はとっても美人でけしからんナイスバディーの持ち主だ。男であれば、あの零れ落ちそうな2つの双丘に飛び込みたいと誰しもが思うはず。事実、数人がフラリとその色香にやられ飛び込むが、仮にも魔法学園の教師がそんなひよっこをかわせないはずもなく、コテンパンにやられてゴリコ先生の生活指導室に放り込まれた。

ちなみにゴリコ先生は女性ながらに戦闘学を教える筋骨隆々男女……ゲフンゲフン、で、ある。

指導室から帰ってきた奴らは、生気が吸われたようにグッタリしつつも震えていた。何があったのか聞いても答えてくれないので恐怖は募るばかり。

そんな光景を見てからはマリア先生に近づく者は少なくなった。馬鹿な男は存在するので0にはならなかったが。


しかし神は我々を見捨てなかった。


なんと合法的にマリア先生と触れ合う方法があったのだ。


それが、テストだ。


テストでワーストワン、つまりクラスで最下位になった者にだけマリア先生が付きっきりで補習をしてくれるのだ。魔法学なので筆記の他に実技の補習もある。つまり、手取り足取り、そう、手取り足取りだ!合法的に触れ合える機会を得られるというわけだ。


男達は奮起した。


最初のテストから明言されていたので、最初のテストは男共全てが白紙で出した。お仕置きとして全員ゴリコ先生送りになり追伸を受けさせられた。あんな浅はかな事はもう絶対しない。筋肉、怖い。

次のテストで猛勉強して全ての答案を間違えた。優しいマリア先生は近い回答に三角をくれた。三角は1点、平均点は相当低かったが0点は出なかった。


この2回のテストにおいて補習の大変羨ましいその座を勝ち得たのが、ジークである。カイルは1回目のテストで間違って正解を書いてしまいワースト2、2回目のテストでも回答は全て間違うことに成功したが、近い答えを書いてしまいワースト2。万年2位なのだ。下から数えて。


しかし今回は違う。最後のテストというのもあり死にものぐるいで勉強した。前回のテストから放課後は毎日図書室に通い、いらぬ知識まで頭に詰め込んで今回のテストに望んだのだ。

テストは大きく分けて選択式の穴埋め、文章の選択問題、筆記の3種類に分かれる。選択問題も気を抜くことは出来ない。マリア先生は優しすぎて、近い選択肢を選んでいると三角をくれる事があるのだ。いや、それ間違いだろうと思うが、マリア先生の優しさを無下には出来ない。筆記も余りにも見当違いの事を書いてゴリコ先生が召喚されてはかなわないので、必死にそれっぽい間違った答えを書く必要がある。少しでも正解に近いように見えて、全くかすらないというギリギリのラインを見極めなければならないのだ。じゃないと三角が与えられ点数がついてしまう。


そんなギリギリの戦いを制し、カイルは念願の0点を手中に収めたのだった。


「ふふ……」


自分の席につくとニヤける口が抑えられず思わず笑い声が漏れてしまった。


「おやおや、今回は相当良かったみたいじゃねーか」


すっと影がさし、顔を上げるとニヤけた顔のジークがいた。その余裕の顔をやっと崩せる、とカイルは口を開く。


「ああ、今回は俺がワースト1の座を頂くぜ。見ろ、この点数を!」


バンっとジークの目の前に0点の答案を掲げる。あのニヤけ顔が絶望に染まるのを待っていたが、一瞬目を見開いたものの、その笑みは消えなかった。いや、より深くなっていった。


「流石だな……まさかここまでやるとは思っていなかったぜ。だが残念だな!今回も俺が勝たせてもらったぜ!」


どんっと机の上にジークの答案が広げられる。


「ま……まい、なす……だと?マイナス1点!?」


そこにはありえない数字が書かれていた。


「へっへっへ……そろそろお前もやってくると思ったんでな、ちょいと仕込んでおいたのさ」


「何を……ま、まさか……」


「そう、そのまさかさ!」


よく見るとジークの名前の綴りが間違っていた。そしてそこには赤くマイナス1点の文字が。


「あ、あぁ……俺は……俺はまた、負けた、のか?」


「残念だったな。お前はよくやったよ。ふっ……次回は頑張ってくれたまえ。あ、次は無かったんだったな!あっはっはっはっ!」


ぽん、とカイルの肩にジークは労うように手を置き数回そのまま叩くと、ニヤリと気持ち悪い笑顔を残し自分の席へと帰っていった。


2番目。


どこまでいっても、どこまでやっても、俺は、やはり2番目なのだろうか。


呆然としていると、マリア先生の声が教室に響く。


「は~い!静かにしてくださ~い。今回の最下位さんはまたしてもジーク君でした~!もう、また今回も補習決定よ~?」


終わった。


マリア先生の口から、聞きたくなかった。

机の上に突っ伏して視界がにじむのを誤魔化す。2年生からは魔法学の先生が変わってしまうので、マリア先生のテストはこれが最後だったというのに……。


「あ、そうそう、今回はジーク君の補習はゴリコ先生が担当します!」


「「「「「「「「「え!?」」」」」」」」」」


「ジークくんは前回も前々回も私が補習したけど、今回も最下位なんだもの~。ゴリコ先生に相談したら今回は特別に変わってくれるそうです~!ジーク君しっかりお勉強するのよ~?ジーク君~?聞いてる~?」


ジークは絶望の表情でマリア先生を凝視していた。


「といっても、自分の教科を他の先生にも任せきりは良くないので~、下から2番目のカイル君!」


「は、はいぃぃ!」


「カイル君には私の補習を受けてもらいます!しっかりお勉強するのよ~?」


「わ、わかりましたぁぁぁっ!」


地獄から天国。


チラリとジークに目をやると絶望と悔しさと羨望の混ざった眼差しでカイルを見返してきた。


「ふふ、悪いな」


今回は俺の勝ちだ。

2番目最高!













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